恋人にするならば、優しくて、毎日甘く蕩けるような言葉をくれる。
そんな男が良いと思っていたのに。
現実と理想はこうも果てしなく。



確信犯




、オレと付き合え」
唐突にそう言い放ったアバッキオにちらりと視線を投げて、また元の場所に戻す。
「どこに行くって言うのよ。今、仕事中でしょ」
彼女はこうしてもう一時間も、標的となる男をじっと監視している。男がいる部屋の向かい側になる洒落たホテルの一室で、アバッキオと二人で。
男に勘付かれないように、細く開けた窓から男の動向を探っている。
「オレはそういう事を言ってるんじゃあない」
アバッキオは先程から監視もしないでホテルの中を物色したり、冷蔵庫の中身で喉を潤したりしている。
いつもの事だから、ももういちいち気にしない。
「なぁ、オレのモノになれよ」
そうアバッキオは軽口を叩くように。
いつもの調子で言って彼女の細い腕を掴む。
「何言ってるの?」
腕を取られたは思わずアバッキオへと視線を移す。
ようやく彼女の気を引くことが出来たのが嬉しいのか、アバッキオはニヤリと笑うと捕らえたその腕を強く引く。
思わず窓辺から離れてアバッキオの方へとよろける彼女をしっかりと抱き締めて、その耳元に囁く。
「オレのモノになれって言ったんだ。聞こえなかったか?」
「ちょっとやめてよ、今仕事中でしょ。そんな冗談言ってる暇があったら貴方も監視して頂戴」
動揺を見せながら、それでも彼女はアバッキオを冷たく突き放し、また窓の側に立ち続ける。
「仕事熱心なのは結構な事だがな、
そう言ってアバッキオは笑う。
「一時間も熱心に、誰を監視してるんだ?」
「何を言ってるの…?ブチャラティから仕事の説明は聞いているでしょ?真面目にやって頂戴」
はうんざりとした表情で天井を仰いだ。どうしてこの男はいつもこうなのだろう。
他のメンバーといると真面目に任務をこなすのに、何故自分といるときはこうなのだろうか。
私に何か恨みでもあるのだろうかと思わず考え込むが何も心当たりなどない。
むしろ恨みがあるのはこちらの方だ。いつも仕事そっちのけでからかってみたり…。
このプライドの高い男が、まさか自分に告白などを本気でするとは考えられなかった。
彼女とて、アバッキオのことが嫌いなわけじゃない。
だが、いつもナランチャと同じようにからかわれていては愛の告白など本気とは取れないのだ。
「いいからお前が一時間も誰を監視しているのか良く見ろよ」
アバッキオは痺れを切らしたように椅子から立ち上がると、薄く開いていた窓を開け放った。
そんな事をしたら標的から丸見えだと叫びかけてやめた。
窓の向こうの部屋にいる男の額に、良く見慣れたディスプレイ画面を見つけてしまったから。
「ムーディー・ブルース!?」
ニヤリと笑うアバッキオとは対照的に、は表情を曇らせる。
「アバッキオ、貴方私をからかうのがそんなに楽しいわけ?ブチャラティまで巻き込んで!一体何を考えて…!!」
怒鳴り声は、途中で途切れた。その唇はアバッキオの唇に塞がれてしまったから。
「…!?」
静かになった唇を開放して、アバッキオは言う。
「お前、鈍いな」
今度はアバッキオがうんざりとした表情を見せた。
「本当にオレと付き合う気がないのか?」
「ちょっと待って…」
はやんわりとアバッキオの体を押しやると、頭を抱えて椅子に座り込んだ。
「もしかして、今までの告白って全部本気だったの?」
「…ヤレヤレだな。本気で鈍かったのかお前は」
ため息をつくアバッキオに言い返す。
「貴方の今までの私に対する態度のどこを取れば本気の告白と取れるわけ?」
分かりづらい…。本当に分かりづらいと、ため息をつく。
「なんだ…分からなかったのか?」
ナランチャと一緒にされてからかわれてたあれを、アバッキオは愛情表現だというのだろうか…。
こんな男に愛されるのは大変そうだと思いながらも、そんなアバッキオに心惹かれているのだから、自分で自分が嫌になる。
「わかりやすくしてやろうか?」
そう言ったアバッキオの顔がすぐ側にあった。
男ながら綺麗な、その顔をまじまじと見てしまい、は自分の心臓が跳ね上がるのが分かった。
「ti amo(愛してる)」
耳元で囁かれ、彼女は今度こそ顔を真っ赤にした。
「ちょ…アバッキオ……今の、反則」
「なんだよ?分かりやすくしてやっただろう?」
ニヤリと笑うアバッキオに、それが確信犯だと知る。
「返事は聞かせてくれないのか?」
「……敵わないわ、貴方には」
苦笑したは思う。もう既にアバッキオに堕ちてしまっているのだと。
そして囁き返すのだ。
「私も愛しているわ」…と。



イタリア語は、一応ちゃんと調べましたが、文法とか怪しいのであんまり突っ込まないで下さい。
20100621加筆修正

お題は[ドリーマーに100のお題]様よりお借りしました。*現在リンク切れです