貴方には、花束よりもお気に召すような贈り物を




「なんだ、コレは」
執務室に入るなり、クロコダイルはいつもの不機嫌そうな顔に浮かべた眉間の皺をより深くした。
部屋のいたるところにたくさんの花束や大小様々な大きさの箱がところ狭しと並べられていた。
「今日は社長の誕生日ですよ。貴方はこの国の英雄ですから。人々からのお祝いの品です」
淡々と告げるにクロコダイルはフン、と鼻を鳴らして見せた。
「誕生日が嬉しいって歳でもねェだろうに」
愚民共の考えはわからねェ、と呟き葉巻の煙をくゆらせながらいつもの椅子に座る彼を、は少しだけ困ったような笑みを浮かべて見守った。
それから手帳を開き今日の彼の予定を読み上げる。
クロコダイルには申し訳ないが、今日の予定は彼の誕生日に関する会食やパーティが中心だ。
今はまだアラバスタの英雄としての顔を保っていなければならない彼には、俗世との付き合いも仕事の内だ。
「仕方ねェな、行ってくる」
机の上に並べられたいくつかの書類に目を通しながらそれを聞いていたクロコダイルは、灰皿に葉巻を押し付けながら立ち上がる。
今日の予定の全てに同伴しない事になっている彼女は、その広い背中を見送りながら「行ってらっしゃいませ」と頭を下げた。



会食だのパーティだのと言っても、その殆どは彼に少しでもお近づきになろうと媚を売りにくる者達からの挨拶と祝賀の言葉で時間は過ぎ、気付けばロクに食事も出来ていない有様だった。
これは完全にセッティングミスだろうと、クロコダイルは秘書への仕置きを心に決めてアジトへ戻ってきた。
「おい、このおれにメシも食わせねェでよくも一日働かせてくれたもんだなァ」
こんな誕生日があるかと、今朝放った自分の言葉の事は棚に上げて不機嫌な顔で部屋に踏み込む。
しかし勢いつけたその脚も、部屋に入るなりぴたりと止まってしまった。
朝出かける前にはうんざりとするくらい部屋に充満していた花や贈り物の山は殆ど跡形も無く片付けられ、執務用の机とは別に白いクロスをかけられたテーブルがセッティングされていた。
「社長、お帰りなさいませ」
部屋にはいなかったのか背後から声をかけてきた彼女はジャケットを脱ぎ何故かカフェエプロンをつけている。
「なんだその格好は」
「社長がお腹をすかせていると思いましたので」
恭しくコートを受け取りそれをコートかけにかけながら、クロコダイルを席へと促す。
「お食事の支度をしておきました」
その格好と言葉から察するにわざわざ彼女自ら給仕をしてくれるつもりらしい。
ほう、と一言呟いたクロコダイルは大人しく席についた。テーブルを見やればナイフやフォークがたくさん並べられていて、フルコースなのだと分かる。
「気が利くじゃねェか」
彼女は初めから彼がパーティでまともに食事を取れるとは思っていなかったのだろう。
食事もロクにできなかったと怒っていた事を頭から追いやって彼女の手配したディナーを楽しむ事にした。



結論から言えば、前菜からスープからメインディッシュ、果てはワインに至るまで完全にクロコダイルの好みを把握した最高のディナーだった。
「お口に合いましたか?」
全ての料理をきっちりと平らげたクロコダイルに何故か嬉しそうにしている彼女にまさか、と思い尋ねる。
「お前が作ったのか?」
「僭越ながら」
「ハッ!こんな事もできるのか、お前は」
「本職のシェフには遠く及びませんよ」
教養の一つに過ぎないと言う彼女に小さく笑う。が秘書として有能すぎると言われる所以がここにあった。
主に仕える為に役立ちそうな事であれば一通りは教養として身につけておく。それが彼女が世界最高峰の秘書として名の上がる理由だ。
食後のコーヒーを持ってきたは、それをテーブルに置くとそのままそっとクロコダイルのこめかみに己の唇を触れさせた。
不意の行動とは言え、彼女の好きなようにさせているのはクロコダイルが彼女を気に入っているからに他ならない。
「社長、生まれてきてくれてありがとうございます」
聞き飽きたかもしれなかったが、そう祝いの言葉を告げれば鉤爪に腰を引っ掛けられそのまま彼の膝の上へと引っ張り上げられた。
「デザートはお前でいいんだろうな?」
「お口に合うかどうかはわかりませんが…」
少しだけ頬を朱に染めてクロコダイルの瞳を真正面から見つめる。
「貴方がそう望むなら、お好きなだけ召し上がってくださいませ、サー・クロコダイル」
「クハハハ!本当に良く出来た女だ、お前は」
気に入ったと笑うクロコダイルが、その身を抱えて寝室に消えていくまであと僅か。



プレゼントが手料理フルコースなのかデザートと称した彼女自身なのかはどちらでも、むしろ両方でも。
20100905