お祭りだって、海だって。
夏はお楽しみがいっぱいだから。
貴方ともっと楽しみたい。



夏休み




まだ蝉は鳴いてはいないがもう空はすっかり夏模様だった。
大きな雲が天を突くようにそびえ、その回りは真っ青。雲に隠れる気のなさそうな太陽は容赦なくグランドを照らしつけた。
ただ立っているだけでも溶けてしまいそうなくらいなのに、グランド内を走り回っている彼らはとんでもないものだ、と思いながらはドリンクボトルをベンチに並べていく。
首からかけたタイムウォッチは残り三分を切っていた。
急いで最後のボトルを置き、コートの側へ駆けて行く。
白と黒のボールを追いかける選手達を目で追いかける視線は自然とただ一人に注がれて。
がむしゃらな姿が、サッカーにひたむきになれるその姿がやっぱりカッコイイなぁ、と改めて思い。
ふと気付いて慌てて時計と笛を手にする。
試合終了の笛を吹き鳴らせば、同時にボールがゴールに吸い込まれていった。
「お疲れ様です!」
最後の紅白試合の点数をスコアブックに書き込みながら声をかけると、選手達は一目散にドリンクのあるベンチへと駆けて行く。
「あちぃー!」
「麦茶!ポカリ!」
「ベンチの右側がポカリで左側が麦茶ですよ」
次々にタオルを投げてやりながら声をかければ、各々好きな方へと寄って行く。
そんな選手達を微笑ましく見つめていると、後ろから声がかけられた。
「アンタもご苦労さんですね」
「槌矢先輩」
振り返れば大好きな彼の姿に、ふわりと笑みが零れる。
「先輩もご苦労様です」
投げ渡していたタオルを彼にだけは丁寧に差し出してしまうのは仕方のない事だろう。
先日晴れて恋人同士となった彼にだけ贔屓してしまうくらいの事、青春という事で許して欲しい。
それでもまだ部活動中なので一応わきまえて彼の側から離れ、ボトルを置いていないベンチに腰掛ける。
頭の中の記憶が鮮明なうちに今の紅白試合の内容を、誰がシュートを決めたとか誰がアシストした、とかを書き込んで行く。
「タオルはそこの籠の中に入れてくださいね!」
ベンチの横に置いた籠を指しながら告げる。
今日の練習はここまでで、ボトルの中身をあっと言う間に空にした者達から汗を拭ったタオルを籠に放り込んで部室へと引き上げて行く。
パタリとノートを閉じて顔を上げれば、既に残っているのは槌矢と部長のみだった。
「マネージャー、これ運んでおけばいいか?」
部長がそう言って空のボトルを持てるだけ抱える。
「あ、ありがとうございます。お願いしますね」
小さく頭を下げると部長はニヤリと槌矢を見て言う。
「そっちの籠は槌矢に運んでもらえよ」
ぐちゃぐちゃになったタオルが投げ込まれた籠を目線で示して彼は部室へと向かって行った。
「言われなくても、ねぇ」
槌矢は言いながら籠を片手で抱え込む。
なら両手で抱えないといけない籠を片手で運べてしまうあたり、やはり男の人なのだなぁと思わず見惚れた。
「ほら、戻りますよぉ。何ボンヤリしてるんスか」
言われてはっと我に返る。
見惚れていた事を気付かれていただろうかと微かに顔が赤くなる。
ベンチに残っている空のボトルを両手いっぱいに抱え、彼と共に部室へ向かった。
運動部共用の洗濯機にタオルと洗剤を放り込んでスイッチを入れる。
タオルが洗い終わるまでにボトルの中身を洗ってしまわなければ、とは忙しく動き始めた。



ボトルを洗い終わる頃には部員達も殆ど着替えを済ませて帰宅し始めている。
いつもの事だが、マネージャーと言うのは選手達が帰ってからがまた忙しい。
汗の匂いの篭る部室の窓を開け放ち、ボールやらコーンやらを軽く整理して片付ける。
「おーい新妻ー」
軽口を叩かれて振り返れば副部長の姿があった。
「だ、誰が新妻ですか!」
鈴火と言う名前の彼は槌矢との仲を知る数少ない人物の一人だ。
その事を揶揄してニヤニヤと笑う彼に言い返すが、そのいやらしい笑みは収まりそうもない。
「お前以外に誰かいるかよ。それよりもコレ、来週の練習の時に人数分コピーして持ってきてくれるか」
これから一週間は部活も休みの完全なる夏休み。夏休みの後半と新学期からの部活動の知らせが書かれたプリントを渡されて、はいと頷いた。
「お、旦那が来たぜ」
「だから、旦那とかそういうのやめてくださいよ!」
からかわれて顔を赤くするに手を振って鈴火が去って行くと同時に槌矢が姿を現した。
「あの人も相変わらずッスねぇ…」
彼の軽口が聞こえたのだろう、槌矢は肩を竦めて言うがその表情はあまり揺らいでいないように見えた。
元々何を考えているのか分からないところのある槌矢だが、サッカーをしている時の表情は本当に輝いていて、そんなところにいつしか惚れ込んでいた。
「洗濯、終わってたから持ってきたんスけど」
そう言って濡れたタオルの入った籠をおろす槌矢に、は頭を下げた。
「ああ!わざわざすみません!」
自分の仕事なのに、と言うと彼は別に大した事じゃないと笑った。
そうして、突然に。
、こっち向け」
籠の中身を干さなければとタオルを一枚掴んだところで背後に彼の気配を感じ振り返ると同時に唇になにやら柔らかい感覚が。
「っ…」
キスをされているのだと気付き思わず身体が強張るが、優しく唇を食まれてすぐに蕩けた。
腰と背中に腕を回され逃げる事もできないまま、たっぷりとその感覚を味わったとこでゆっくりと唇が離れていった。
いつもは細い線を描くその瞳が今はギラリと見開かれて彼女の姿を映している。
その野生的な瞳が見れるのは彼がサッカーをしている時と。
「甘い」
もう一度唇を重ねて槌矢が笑う。
「突然、ですね」
嫌ではないのだけどあまりに突然だったから驚きすぎてろくに反応もできなかった。
そうして今更ながら窓が開いている事に気付いて顔が火照っていく。
「アンタが可愛いから、スかねぇ」
のらりくらりと笑った槌矢の瞳はもう、いつものように線を描いていた。
たまにしか見せない本気の彼を、サッカー以外の時に見られるのは己だけだと自惚れてもいいだろうか。
「これ、干したら一緒に帰りましょうね。すぐ終わらせますから」
照れ隠しをするようにタオルを何枚も抱えて次々に干していく。
と、いつの間にか槌矢も隣でタオルを干し始めていた。
「早く終わらせて寄り道でもしてかないッスか」
その思いが嬉しくて、は笑みを浮かべて大きく頷く。
「一週間の予定はあるんスか?」
不意にかけられた言葉が、完全なる夏休みの事を指しているのだと気付き、タオルを干しながら考える。
色々とやりたい事はあるし、宿題もなるべく片付けてしまいたい。
友達とお出かけもいいし家でだらだらとするのも良いけれど。
「夏祭りと海は行きたいです」
『先輩と』とやんわりとお願いをすれば彼は笑って言う。
「それだけでいいんスか?」
もっと我侭を言ってくれて構わないと言う彼に、さてどれほど甘えてやろうかと、は頭を回転させた。



相変わらず出張る鈴火先輩とキス魔なツッチー。
20100902