じわり、じわり、と染み込むように。
それはまるで雪のように。
優しくこの身に降りかかっては溶けて染み込む。



指先から伝えるもの




ひら、と白いものが空から降りてきたと思えば、すぐにそれは大粒となって思わず広げた掌の中に落ち、そして溶けて消えた。
どうりで寒いと思っていたら冬島の海域に入っていたらしい。冷え切ってしまった身体を己の腕で抱いてみたが全く効果は無く、ぼんやりと甲板に立っていたその身はすっかり冷たくなっていた。
「身体に障るだろう。こっちへ来な」
優しく甘い声がして振り返るまでもなくそれが誰であるのか分かる。
だから微笑みながら振り返れば、同じように優しい笑みを湛えた艶やかな男がそこにいた。
「イゾウ隊長」
名を呼びながら言われた通りに彼に身を寄せれば、肩にふわりと着物をかけられた。焚き込められた香が香って、それはもちろん彼自身の香りでもあってまるで彼自身に包まれているような感覚に陥る。
「風邪などひくなよ」
そう言いながらイゾウは彼女の肩を抱く。
この男は海賊であると言うのに風流をわきまえているから、彼女がどうしてこの寒い中に身を投げ出して空を見上げていたのか分かっている。
だから、直ぐに部屋に戻ろうとは言わない。彼のそういうところが堪らなく好きだった。
そしてこの寒さの中、甲板に出てくる物好きはあまりおらず、この広い空間にただ二人きりだと言う事実も、は気に入っていた。
それはきっと隣に立つこの男も同じだろうと思う。何かと気が合うからこそ、こうして寒さの中に二人で身を寄せていられる。
「綺麗ですね。雪が」
白い粒はすっかり大きくなって、既にそれは牡丹雪と呼ばれるようなそれになっている。
「ああ」
短く応えた彼は同じように空を見上げる。
その髪にも雪が落ちては溶けていくので、そろそろ部屋に戻ろうと思った。
水分の多いそれは彼の綺麗に結い上げた髪に吸い込まれて行って、しっとりと髪を濡らして行く。自分はともかく、隊長である彼の身体を気遣わずにはいられなかった。
「戻りましょう、イゾウ隊長。貴方も、風邪をひいてしまいます」
そう言えば彼は小さく苦笑した。
「お前よりは身体も頑丈なつもりなんだけどね。でもまあ、お前が心配してくれるのは嬉しい」
彼の手が肩から腰へと下りてきて、腰を抱かれたまま揃って船室へと向かった。
食堂の前を通りがかる時にちらりと中に視線を送れば、サッチがキッチンに立っていてその傍に佇む女に思わず笑みが浮かんだ。
船室の中も随分と冷えて来た。何か暖かい飲み物でも用意しているのだろう。
イゾウの部屋はもちろん隊長達の部屋の並びにある。
その廊下の奥で、1番隊の隊長が己の隊長の部屋へと入って行くのが見えた。
誰も彼も、この寒さに人肌恋しくなっているのだろうか。
イゾウと視線を合わせれば彼も同じ事を思っていたのだろう、くすりと笑いあって部屋に入った。
ぱたりとドアを閉めてしまえば外の世界とはまた違う世界に。ここが海賊船である事を忘れてしまうような調度品に緋色の布団。ここだけまるで、別世界。
着物から漂っていた香りがさらに強くなる。
寝台に腰を降ろして互いに結い上げた髪を解き、水分を拭った。
「ったく…こんなに冷やしやがって」
彼の髪を拭っていた手を不意に掴まれれば握られた手から彼の体温が伝わり、自分の指先が、指先だけでなく身体がいかに冷え切っていたのか気付かされる。
「雪が見たくて。つい」
そう応えると指先に色付く唇が寄せられる。
「雪が好きなのは知っているが、あまり無茶をするなよ。おれの身がもたない」
お互いに柔な身体ではないと分かっていても心配してしまうのだ。と笑って小さな音を立てて指先に口付けられる。
冷え切った指先が僅かに熱を持ち始めた。
「イゾウ、隊長…」
もう大丈夫ですから、と言いかけるその唇に色が重なり、唇が重なった事を知る。
「部屋にいる時は名前で呼んでくれる約束だろう?」
直ぐ傍にある整った唇が弧を描いている。
「イ、ゾウ…」
「なんだい、
呼べと言われたから呼んでやれば返事を返される。
「イゾウ」
こちらも意地悪く再び名前だけを口にすれば、今度は深く口付けられた。
なんの躊躇いも無く差し込まれた舌は繊細に口内を弄り、呼吸が奪われる。
「ぁ、っは…」
微かに呼吸を乱したところで解放されて、はようやく空気を取り入れた。
「…意地悪ですね、いつも」
少しだけ非難を込めた視線で見つめれば、彼はくつくつと肩を揺らして笑った。
「お前が愛らしい事をするからいけねェ。意地悪だってしたくなっちまう」
イゾウに捕らわれたままの指先をするりと撫でられ、熱と同時にその思いまで伝わってくるようだ。
愛しい、愛しいとでも言うように何度も指先を辿る彼の指に、こちらだって同じ思いなのをどうやって伝えてやろうか。
とりあえずはその指に己の指を絡めて。
「私だって、貴方が愛しいのですよ、イゾウ」
寄せた耳元でそっと囁いてやれば、その瞳が嬉しそうに細められるのを知っている。
冷えた身体はもう、温かい。



寒くなるとこういう話が出来上がりやすくなります。
冬は、好きです。寒いけど。本当寒いけど!!
Gear様、この度は10000hitリクありがとうございました!
初イゾウ、気に入って頂けると良いのですが。
by.盈
20100929