ある日突然やってきた
小さな小さなネズミは
すっかり不死鳥が苦手になってしまったのでした



I hate you!




ネズミが一匹紛れ込んだらしいと報告を受けたのは昼も近くなってきた頃だった。
コック達が昼食の支度をしようとキッチンに入ったところ、食材が細々と荒らされていたらしい。
海軍の手の者だか密航者だかは知らないが、こうも簡単に船に乗り込んだ事を知られるなんてどんな粗忽者かと思ったが、それでもオヤジを狙う輩は少なくはない。
何かがあってからでは遅いと、マルコはサッチと共にモビーディックに紛れ込んだ不審者を探し出す事にした。
白ひげ海賊団はクルーの数も多いからその中に紛れてしまっていたら探し出すのは困難だし、そんなありきたりの所に隠れているかどうか怪しいものだったがとりあえず船倉から見て行くと、意外にもネズミはあっさりと見つかった。
と言うよりも隠れるとか紛れ込むと言った思考もないようだった。
「こりゃまた…随分と可愛らしいネズミだな」
その姿を見止めたサッチがはは、と乾いた笑い声を上げる。
「どこがだよい。ただのガキじゃねェか」
マルコは腕を組んでその姿を見下ろしながら大きな溜息を一つ。
密航者はまだ、年端もいかぬ小さな少女だったのだ。
隊長二人に見つかったとも知らず、その小さなネズミは倉庫のどこかから引っ張り出してきた古びた毛布にくるまってすぴすぴと寝息を立てている。
「しかしまァ、良く誰にも見つからずに入り込めたもんだな。この小ささだからこそか?」
サッチの言葉にマルコも頷く。一体どうやってこの船に紛れ込んできたのかは分からないが、この小ささ故にあちこちの物陰に隠れて今まで誰の目に留まる事も無くいられたらしい。
歳の頃は6、7歳くらいだろうか。
「おい、起きろよい」
その小さすぎる肩を掴んで無情にもマルコは少女を起こしにかかる。
まだ眠りが浅かったのか、少女はすぐに目を開き小さな拳で目をこすり始めた。
「んー?」
なにやらむにゃむにゃと言いながらも体を起こした少女を覗き込むようにマルコが腰を落とし視線を合わせると。
小さな身体が飛び上がるくらいにびくりと跳ね、目の前にいる男二人に驚きの表情を浮かべた。
「お前、どこから入り込んだんだよい。いや、それよりも何者だよい。この船がどんな船か分かってて乗り込んだんだろうなァ?」
「マルコ、お手柔らかに頼むぜ。相手は子供なんだからよ」
サッチが言うが、マルコはいかにも面倒な事になったという雰囲気を隠す素振りすらなく不機嫌さを露わにしている。
「ええと…遊覧船?」
子供だからかマルコの凄みも効いていないようで全く見当外れの回答を律儀に返してきた少女に、サッチは思わず吹き出しマルコは「ほぉ」と一段と声を低くした。
「鯨さんの形が可愛かったもん!」
その言葉にサッチは今度こそ腹を抱えて笑い出し、マルコは怒りを込めた笑みを浮かべた。
「あのな、ガキ。お前が乗ったのは海賊船だよい」
マルコの言葉に少女は驚きはしたものの、それでも怖いとは思っていないようで相変わらずきょとんとした表情を浮かべていた。
「お嬢ちゃん、名前は言えるか?」
「名前くらい言えるわ!よ!」
サッチの問いに子供扱いしないでよね、とばかりに得意気に少女が答える。
どうもこの年頃の少女は背伸びが大好きなようで、これにはさすがのサッチも苦笑いを浮かべた。
、お前なんでこの船に乗り込んだんだよい。知らない船に勝手に乗っちゃいけませんってお母さんに教わらなかったかい?」
何もわざわざ海賊の船に乗り込まなくても良いだろうにとマルコが問えばと名乗った少女は視線を泳がせながら口を開いた。
「ええと、海賊になりたいから…?」
どうしてこの頃の子供というのはしょうもない嘘をつこうとするのだろうか。
怒られていると分かっているのなら素直に謝れば可愛げもあると言うのに。
「お前さんみたいなガキが海賊なんて笑わせるよい」
マルコに一蹴されてはうっと言葉を詰まらせたが直ぐに持ち直して再び口を開く。
「この船にお父さんが乗っているの!」
「…この船のクルーに子持ちの野郎がいるなんて聞いた事ねェよい」
陸に女子供を残してきた者もいるだろうがこの船に乗せたいと言う話など聞いた事もない。
「…私、コックさんになりたいの!」
「生憎だがコックは間に合ってるよい」
二人のやり取りを一歩下がったところで聞いているサッチの肩が先程からふるふると揺れている。
正直面白くて仕方がないのだが、ここで盛大に笑ってしまうとマルコの怒りの矛先が自分に向けられるであろう事は分かりきっているのでなんとか声を堪えていた。
その後も埒のあかない問答を繰り返す二人だったが、マルコの眉間には次第に皺が増え、こめかみがひくついてきている。
これはそろそろヤバイとサッチが思った時だった。
何を頑固になっているのか真実を全く話そうとしない少女に痺れを切らしたマルコの手が伸びたかと思うと、その小さな頭を鷲掴みにする。
ギリギリと音が聞こえてきそうなくらいに力を込めながら最早我慢の限界だと言わんばかりのマルコがこれでもかとばかりに凄んで見せた。
「いい加減にしろよい。こちとらお前のお遊びに付き合ってやる程暇じゃねェんだよい。さっさと本当の事言わねェと海に放り出すよい」
「いいいい痛いイタイ痛いーーーー!!」
「ちょ!マルコやめやめ!!相手は子供だぞ!!」
「うるせェよい!聞き分けのないガキにはお仕置きも必要だよい!」
すっかりキレてしまったマルコをなんとか宥めて、その手を放させると少女はうわーんと大声で泣き出した。
それを冷めた目で見ているマルコとは対照的に困りきった表情でサッチは彼女を宥めていた。



やがて落ち着いた少女が鼻を啜りながらようやく話した事実によれば、どうやら彼女は兄を追ってとある島へと行きたいらしい。
運が良いんだか悪いんだか、偶然にもそれはこれから白ひげ海賊団が向かう予定の島で、そう遠くも無かったので仕方なく(と思っているのはマルコだけだろうが)少女を島まで送ってやる事になった。
島に着くまでの数日間、少女はすっかりサッチや他の隊長達にも慣れ(特にラクヨウなんかは意外に子供の相手が上手く、良く甲板で一緒に遊んでいた)、逆にマルコには怯えて過ごしていた。
ようやく上陸したその日、少女を見送るラクヨウやサッチなんかは一人で大丈夫かと心配したのだが、彼女は周りの心配も他所にニコニコと笑顔で大丈夫だと告げたので彼等もそれ以上は口を出すのはやめた。
陸へと渡された板の上を軽快に降りて行く少女に手を降りながらサッチが隣を見やれば相変わらず不機嫌そうな表情でマルコがそれを見ている。
「寂しいんじゃねェの?なんだかんだ言ってよ」
「生憎だが人生で一番清々しい気分だよい」
第一発見者と言うだけでサッチと共に少女の世話を任されてしまったマルコはようやく肩の荷が降りたと言わんばかりに本当に清々しい表情をしていた。
確かに少女がいる間は常に眉間に皺を寄せていたマルコにクルー達が怯えるものだからこれはこれで良いとサッチは思うが、せっかく親しくなってきた少女との別れは少しだけ残念でもある。
こちらがそんなささやかな感傷を抱いているとも知らず、陸に降り立った少女は一度船を見上げて大きく手を振った。
「ありがとー!!」
島まで送り届けてもらった恩は一応感じているらしく、そう声を上げる少女にサッチやジョズ達も大きく手を振り返した。
見送りに来てくれた隊長達一人一人に丁寧に手を降る少女のその目がやがてマルコを捕らえ。
すう、と息を吸った彼女が次に発した大声は。
「マルコのバカーーッ!!」
ビシリ、と言う音すら立てて空気が凍りついたと思った時には既にその小さな身体はこちらに背を向けて走り出している。
「二度と海賊船なんかに乗るんじゃねェよいッ!!!」
青筋を立てて怒鳴るマルコの声に、隊長達やクルーの笑い声が重なった。



10000hit企画にご参加頂きました匿名様よりのリク。
子供ヒロインでマルコが怒りのあまり、ヒロインにアイアンクローをかますシチュエーション。負け台詞は「マルコの馬鹿っ!」
と言う事でした。
子供ヒロインは絶対に書かないであろうヒロイン像でしたのでとても新鮮な気持ちでした!
やはり色々と難しくはあったのですがお気に召して頂ければ幸いです。
匿名様、リクエスト参加ありがとうございました!
by.盈
20101116