ゆっくりとだが確実に。
揺れ動くものがあったのだ。



ゆるりと動いたものは




海賊、と言うには酷くのんびりとした女だった。
気性が激しいわけでもなく、金銀財宝を欲しがるわけでも、名声を得ようとがむしゃらに暴れるわけでもない。
一度、何故海賊になどなったのかと尋ねた事がある。
その時の返事は「世界についていけないから」と言う一風変わったものだったのだが、確かにそれは頷けた。
彼女が纏う空気と言うか雰囲気は、確かにのんびりとまったりとしたもので、ゴール・D・ロジャーが処刑された日以来、大海賊時代などと言われる今の激動の世の中では彼女のような人間は生き難いのかもしれない。
だがそれは海賊になったところで同じではないかと思ったのだが、そこはそれ「海賊は自由だから」と言われてしまい、それにも妙に納得してしまったのだ。
兎に角。
普段は酷くゆるりとした空気を纏う彼女はこの白ひげ海賊団に於いてこれでも戦闘員だと言うのだから、大概の者はそれを聞いて驚く。
イゾウの隊に所属していると言うその女は、戦闘時には非常に有能な狙撃手としてマストの上から甲板上、時には海上にまで目を光らせているのだ。



久し振りにオヤジが暴れたいと言うものだから、わざわざ甲板にまで敵を引き込んでの戦いになった。
白ひげ自らが出ているとなれば彼に向かって敵が殺到するのも分かっていたのだが、己にも敵が集まってくるものだからマルコは加勢にも行けずにじりじりとしていた。
敵の戦力自体は大した事はないのだが矢鱈に数だけは多く、倒しても倒しても次が控えているのでキリがない。
いっその事不死鳥の姿で飛んでしまおうかとも考えたその時、空を切るような破裂音がして白ひげとマルコを隔てるようにうじゃうじゃと集まってきていた敵の一人が倒れた。
次いで起こる銃撃音に、一人また一人と敵が倒れていき狙撃から逃れようと散った敵も含めればいつしか白ひげのところまでの道が出来上がっていた。
急いで駆け寄れば「助けなんて必要ねェよ、アホンダラ」と予想通りの答えが帰ってきて、それも最もだと思ったマルコはその両手だけを翼に替えてフワリと宙へ飛び上がる。
「いい腕だな」
マストの上の見張り台の縁に降り立てば、今しがた撃ち尽くした銃に弾を込め直している彼女の姿。
装填数の多くない銃を使っている割には先程の銃声は多かったと思えば、同じ形の銃を何本も見張り台に持ち込んでいた。
それであの連射かと納得している間にも手際良く弾を詰め直した銃を縁に立てかけて行く。
「マルコ隊長、下から来るの、お願いしてもいいですか?」
そう言われて見張り台から顔を出して見れば、ミシリミシリと音を立てて縄梯子を上ってくる敵の姿があった。
既に勝敗も決まりかけているこの戦い、マルコは最早甲板に降りていく気も無く、それならば頼まれてやっても構わないと再び腕に青い炎を纏うと、一生懸命に縄梯子を上ってきていた男を文字通り一蹴した。
「その気があったらまた上って来いよい」
その捨て台詞は敵に届いただろうか。どちらでも構わないが。
「ありがとうございました」
再び見張り台に戻ってきたマルコに律儀に頭を下げて礼を述べた彼女は全ての銃へ弾を込め終わったようで、再びそれを構えて狙いを定めている。
その横顔が。
いつもとは違う鋭い瞳にマルコは目を奪われた。
普段はふんわりと穏やかな瞳は、今は獲物を狙ってギラリと輝いている。
一度目を細めて照準を正した彼女が躊躇う事なく引き金を引くのをマルコはただじっと見つめていた。
「そんなに見られると、手元が狂いそうです」
寸分の狂いなく敵の腕を打ち抜き戦闘不能に陥れた彼女は横に立つマルコを見上げる。
「そういう風には見えねェよい」
その言葉に小さく苦笑した彼女はいつものような緩やかな空気を纏っていたが、その手はしっかりと弾をリロードさせていた。
次々と敵の腕や脚を撃ち抜いてはリロードを、時には銃を取り替えるといった動作を繰り返す彼女を、マルコはじっと傍らで眺めていた。
火薬と硝煙の香りに混じって香ってくる微かな甘い香りを感じながら。



久し振りに戦闘に参加した白ひげは上機嫌で、もちろん敵船は見るも無残なまでに叩きのめされていた。
大きな笑い声を上げながら何度も酒を煽る白ひげにナース達が顔を顰めるが『勝利の酒くらい楽しませろ』と言われてしまえば何も言えなくなってしまう。
あちこちで陽気な笑い声が起こる中を、マルコは一人の女を探し歩く。
クルー達の輪を外れた所にその姿はあった。船縁に凭れてちびちびとジョッキを傾けているその姿はいかにも彼女らしい。
「こんなところで一人で飲んでんのかい」
そう声をかければ返ってくるのはいつものふんわりとした微笑。
「この雰囲気は好きですがそこに入るのは私の柄ではないので」
その返答すらも彼女らしいと納得してしまえば、マルコはそれ以上は何も言わなかった。
「銃は得意なのかい」
何気なくそう尋ねるとゆるりと頷く彼女の顔。
「昔から好きなんですよね。小さな的に弾を当てる緊張感とその達成感が」
それだけで海賊としてやっていけるのだから相当の腕だとマルコは思う。
またちびり、とジョッキの中身を喉に送る彼女を眺めていれば先程の甘い香りが鼻に届き、マルコは無意識の内に彼女に顔を寄せていた。
耳元近くに鼻を寄せれば確かに香ってくるのは甘く、魅惑的な香水の匂い。
彼女の雰囲気からは少々意外なその甘さにマルコは急速に惹かれて行く。
「お前の香水の匂いかい」
先程の硝煙に混じっていた香りの正体を知ったマルコが言えば、彼女はくすりと笑った。
「大胆ですね、マルコ隊長」
突然のその行動にも微塵も動揺したところを見せない彼女がらしくもあれば、少しだけ憎らしくもあった。
普段は全くと言っていい程自分のペースを崩す事のない彼女が、銃を手にした時に見せた鋭い視線。
彼女にしては意外な、甘い香りの香水。
そのギャップが何故かマルコを酷く惹きつける。
もっと違う表情が見たいと、マルコが知らない彼女の意外性をもっと知りたいと。
思わず伸ばしかけた手は、彼女のふんわりとした笑顔に遮られてしまった。
「先程はご助力ありがとうございました」
何の話かと思えば、昼間の戦闘の際にマストへと上ってきた相手を蹴散らした事。
このタイミングでそれを言うのかと、少々毒気を抜かれたがそれも彼女の作戦の内なのかどうなのか。
「こっちこそ、助かったよい」
彼女のお陰でオヤジまでの道が開けた事を思い起こしてそう返すと嬉しそうににっこりと笑うその顔に。
今度こそ、確実にその心がぐらりと揺れたのをマルコは自覚した。



10000hit企画にご参加くださったユリ様へ捧げます。
「まったりのんびりマイペースな性格のヒロインにマルコが片思い」と言う事でしたがご期待に沿えているでしょうか;
あまり書かないタイプのヒロインなのでちょっと心配です…。
しかも片思いと言うか片思いに落ちた瞬間…!
書き上げてみたら今回も名前変換がないものとなりましたが、気に入っていただければ幸いです。
ユリ様、リクエストありがとうございました^^
by.盈
20101114