船内にとてつもなく良い匂いが充満している。
それが部屋にまで入り込んできて、その匂いでは目が覚めた。
お腹がすいているわけではないが食欲を掻き立てられるその匂いに起きぬけの頭で思う。
ああ、コック達が滅茶苦茶張り切っているんだなぁ、と。
それも無理はない。今日はあの1番隊隊長様の誕生日で、オヤジの誕生日の次に盛り上がる日だ。
もう一種の恒例行事になってしまっているその日は、朝から晩まで飲んだり食べたり騒いだり時には戦闘も交えたりと兎に角大騒ぎ――いつも以上に大騒ぎなのだ。
寝すぎてしまっただろうかと壁にかけた時計を見やればまだ時計の短針は7と8の間にあって、コック達がどれだけ今日のこの日に力を入れているのかが分かる。
非番の日としては早く起きてしまった方だが、二度寝をする気にはならなくてクローゼットから洋服を引っ張り出して身につけた。
着替え終わると同時にドアがノックされる。
、起きてるかい?」
綺麗な声を持つと言われる麒麟が自分のそれよりも気に入っている声がして、彼女は柔らかい笑みを浮かべる。
「起きてるよ、開いてるからどうぞ」
「お前なァ、いつも寝る時と着替える時くらい鍵かけろって言ってるだろい」
最早お決まりのようになってしまった小言を零しながら部屋に入ってくるのは彼女の愛しい男。
「大丈夫よ。私の部屋に入ってくるのなんてマルコくらいだもの」
実際はそんな事はないのだが、仮にも0番隊隊長の部屋に邪な意思を持って入り込もう等と言う輩はこの船にはいない。
例えいたとしても彼女の部屋の向かいは彼の部屋なのだ。何かがあれば不死鳥が飛んでくる。
「そうだとしてもな、」
「マルコ」
ぐい、と背伸びをしてまだ小言を言おうとする唇に口付けて黙らせた。
「ったく。そんなやり方ばかり上手くなりやがってよい」
そう言いながらもその両手は彼女の身体を柔らかく包んでいくのだから、今日のところはこれで騙されてくれるのだな、とは肩を揺らした。
「おめでとう、だよい」
お誕生日おめでとう、と言うより先に耳に届いた声に目を瞬かせた。
「はい?」
何故、今日の主役から『おめでとう』と言われなければならないのかと首を傾げる。それはもう、直角になってしまうのではないかと言うくらいに横にしてみた。
それでもさっぱりこの状況が理解できないでいると彼に笑われた。
「お前、今日誕生日らしいぞ。赤髪が知らせてきたよい」
「!?」
自分はすっかり忘れてしまって知らないつもりでいた誕生日を、確かに兄なら知ってもいるだろうし覚えてもいるだろう。
それで、彼はわざわざ今日に合わせて贈り物まで届けてきたらしい。
小型の外輪船いっぱいの食べ物や酒や、宝石類や洋服など。
たった一人の妹の為にそこまでするのかと、クルー達が苦笑いを浮かべていたほどに。
「早く行った方がいい。特に、食べ物がエースに食われちまう前にな」
「えええ!?」
大騒ぎをしながら駆け出した彼女の後ろ姿を見送って、マルコはくつくつと肩を揺らしながらその後を追った。



「おっ!来たな!!今日の主役が!」
サッチの声に出迎えられて甲板に出ると、確かにそこに山と積まれた色とりどりの箱や包みや、なんやかんや。
思わず口を開けて呆けてしまう。
「早く!早く開けろよ!めちゃくちゃいい匂いがしてる!!」
もう一秒たりとも待てないといった風のエースは口の端から涎すら垂らしそうな勢いだ。
「兎に角、開けられるモンは開けちまいな」
イゾウに言われて気付く。この山のような贈り物が甲板の一角を占領しているお陰でテーブルがまだ全て並べられていない事に。
そろそろコック達も料理を仕上げ始めてここへ運んでくる頃だろう。
「もう、兄さんたら…!」
色とりどりのフルーツが入った籠の回りは食べ物類なのだろう。エースがしきりに気にしている一角は彼に任せる事にして、大きさのまちまちな箱の中身を確認する事にした。
他の隊長やクルー達も手伝って次々に包装を開けて行く。
大量の洋服は一人では処理できそうになかったので0番隊とナース達で分けてもらった。
宝石類は後でいくつか気に入った物だけの私物にするとして、残りは戦利品と同じようにオヤジに献上する事として木箱にまとめて片付けておく。
酒はもちろん今日の為に全て空ける事にした。
「大分片付いたな」
声がして振り返るとマルコがようやく甲板へと上がってきていた。
「もう一人の主役が来たな!」
サッチがニヤニヤと笑いながらマルコの肩に腕を回した。
「お前ら誕生日まで一緒とかどんだけだ!」
ただの偶然だと返せばそんな二人が出会った事自体が最早運命だと大げさな事を言う。
宴会も始まってないうちから酔っているのかとマルコはしかめっ面になったが、サッチから酒の香りはしていない。
それはそうと、先程からエースは彼女へのプレゼントを片っ端から摘み食いしまくっている。
既に波乱の予感しかしないその光景に、マルコとは顔を見合わせて小さく苦笑した。
料理が出来上がれば宴会の始まり。
今回はコック達は赤髪から送られてきた料理に負けまいと腕を揮いに揮ったようだった。
甲板にはたくさんのテーブルと、テーブルに収まりきらずにとにかく木箱やなんやらにこれでもかとばかりに料理が並べられる。
今日はいくら食べても誰にも怒られないと嬉しそうなエースに思わず笑みを零した。



先程からたくさんのクルーにお祝いの言葉をかけられ続けているマルコが辺りに視線をやれば、いつの間にか彼女の姿が見えなくなっていた。
自分としては彼女の事も盛大に祝ってやりたいのに一体どこへ行ってしまったのだろうか。
既に何年もこの船に乗っていながら今まで誕生日を知らなかったが為にその日の事をスルーされ続けていた彼女の事だから余計に。
そう思って再び首を巡らせたマルコの視界に入ってきたのは、なにやら嫌な予感のする笑みを浮かべた隊長達と0番隊の女、それにナース達。
アトモスが大きめの箱を抱えて来ていて、それをマルコの前に置いた。
「マルコ隊長、あたし達からのプレゼントです」
眩しい程の笑顔で0番隊の副長であるアリダが言うのに、マルコの嫌な予感が更に強くなる。
「早めに、開けてやれ」
更にはビスタまでもが少しだけ申し訳なさそうな顔でそう言うものだから、それは確信に変わった。
「お前ら、まさか…!」
丁寧に包装された箱をもどかしい気持ちで開けていく。わざわざリボンまでかけられているものだから手間取って仕方が無い。
その様子をイゾウやエース達がニヤニヤとした笑みを浮かべて見守っている。
ようやく箱を開けてみれば思ったとおり、そこにはリボンを掛けられて箱に詰められたの姿があった。
リボンで猿轡までされた彼女は言葉を発する事も出来ず、微かに涙目になっている。
その身を箱から抱き上げてやってマルコは声を上げた。
「何してんだよい!」
「ははは!最高のプレゼントになっただろう?」
ラクヨウが豪快な笑い声を上げると沸き起こる笑いの渦。
ちょっとした悪戯だと分かっているから本気で怒る気はないが、彼女には可哀想な事をした。
「こいつだって今日誕生日だろうがよい」
そう言えばサッチがニヤリと笑みを浮かべた。
「じゃあお前にリボンかけてに贈ってやろうか?」
本当に行動に出そうなサッチの勢いに、マルコは顔を引き攣らせた。
「ふっざけんなよい!そんな事されてたまるかよい!」
言うや否や彼女を抱えたまま走り出した。
その後をサッチが追いかけて行くのを眺めていた白ひげの、大きな笑い声が船に響いた。



HappyBirthday to YOU and ME !




半ば本気で追いかけてきたサッチからなんとか逃れて部屋へと逃げ込んだ。
彼女をベッドに降ろしてやってようやくそのリボンを外しにかかる。
いつもより女らしく綺麗な服に身を包み、化粧も丁寧に施されている彼女の姿に今になって気付き、ナース達の笑みの意味を知る。
どうやら彼等は本気でをマルコへのプレゼントに仕立て上げたらしい。
そう思うとリボンを解いているだけなのになんだか疾しい気分になってしまって、マルコは思わず小さな溜息をついた。
その溜息の意味を何となく解ってしまった彼女もつられて苦笑する。
「マルコ、お誕生日おめでとう」
最初に言ってあげたかったのになんだかんだで最後になってしまったけど、と言う彼女の頬を撫でる。
「一番最後にもらう『おめでとう』もなかなかオツだよい」
そう告げてやれば彼女は嬉しそうな笑みを浮かべるから。
鮮やかに色づく唇に誘われて、マルコは彼女を抱き寄せるのだ。



20101005