なんて言ったら伝わるだろう
何をしてあげれば分かってもらえるだろう
君しか見えていないんだって事



ねえ、ハニー!




船に乗っているコック達の料理は毎日食べても飽きる事が無いくらい美味しかったが、陸に上がれば久し振りに陸の味が食べたくなって、大抵のクルーはその街の食堂や酒場へと出かけて行く。
エースも例外ではなく、0番隊の彼女を誘って上陸しようと思ったのだが、どうやら彼女達は次の任務の事で会議をしているとかで姿が見えなかった。
待っていようかとも思ったのだが、たまには奢ってやるとマルコに誘われたので連れ立って船を降りた。
あまり大きな街ではなかったようで飯屋と酒屋がいっしょくたになったその店では、席につくなり横に女が腰を降ろして来て、エースは肩を竦める。
胸や背にでかでかとその証を刻んでいる彼等が何者であるのかは、一目で分かるであろう。そんな二人に近付くと言う事は、そういう事だ。
料理やアルコール、香水の香りが色々と混ざり合って最早何が何だか分からなくなってしまった匂いの中、それでもエースはただ単純に空腹を満たしたいだけなのにな、と思う。
マルコなどは慣れたものなのか、煙草の火をつけてもらったり酒を注いでもらったりしながらも女を適当にあしらっているが、彼のように器用な真似は出来ないエースは、ただただ目の前の料理に意識を集中させるしかなかった。
そんなわけでエースは0番隊の女が二人、同じ店に入ってきたのも、彼等の様子が良く見える席に二人が腰を降ろしたのも、そのうちの一人がエースの姿を視界に入れるなり不機嫌な表情を浮かべた事にも気付かなかったのである。



エースに甘い言葉を囁きながら甲斐甲斐しく料理や酒の手配をしていた女が、突然小さな悲鳴を上げてその耳を押さえたのでエースは漸く皿から視線を上げた。
気付けば女の膝の上には先程まで耳に下がっていたイヤリングが転がっていて、目の前には0番隊の隊長であるが立っている。
「あれ?さん?」
いつの間に、と呟いたエースの声は口の中一杯に詰められていた食べ物のせいで彼女に届く事はなかった。
「あまり調子に乗るもんじゃないよ、お姉さん方。あの子の視線にはずっと気付いていただろう?」
彼女が軽く首を振ったのにつられてエースもそちらへ視線を向ければ、まだ船にいるものだとばかり思っていた少女の姿があってエースは驚きに僅かに目を見開いた。
だが直ぐに、その顔に怒りにも似たものが浮かんでいるのに気付いて思わずやべ、と声が漏れる。
彼自身に疾しいところは無い筈なのだが、今のこの状況では少女が怒ってしまうのも無理はないのではないかと。
少女の事ばかり気にしていたエースには、女とが交わしている言葉は耳に入っていなかったのだが、不意にその場の空気が冷え込んだ気がして思わず身を竦めた。
「それは、私の男よ。海賊のモノに手を出そうってんなら、それなりの覚悟があるんでしょうね?」
啖呵を切ったに思わずカッコイイ、と場違いな感想を漏らすと隣のマルコが喉の奥で笑ったのが分かった。
その掌に閃いた雷光に女達が身を引くと、満足気に笑った彼女はマルコに向かって一言。
「五分で追いかけてこなかったら、浮気してやるわ」
笑顔を崩す事無く言い放った彼女にマルコが苦笑いを浮かべたかと思うと、次にその笑顔がエースにも向けられ。
「貴方もよ、エース」
顔は笑っているのにその目は微塵も笑っていなくて、エースは思わず唾を飲み込んだ。
そんなエースからさっさと視線を外した彼女はくるりと二人に背を向け、まだその隣に女達が居座っていると言うのに、未練を見せる素振りも無く少女の手を引いて店を出て行ってしまった。
「さて、行くかねい」
ひとしきりくつくつと笑った後で、マルコはエースに言った通り彼が食べた分の金もそこに置いて立ち上がる。
先程の小さな雷撃ですっかり萎縮してしまった女達はそれ以上彼等に声をかけようとはしてこなかったので、エースもマルコを追って店を飛び出した。
浮気してやると言ったの言葉が本気ではないと分かってはいたが、悠長に歩みを進めているマルコにエースは僅かに焦る。
「そんなにのんびりしてていいのかよ?」
「そんなに焦らなくてもアイツらは逃げやしねェよい」
それはそうなのだろうが、いつまでも少女を怒らせておくのも後味が悪く、エースはマルコをせかして船への道を急ぐ。
五分ってあとどれくらいなのだろうか。もうとっくにその時間は過ぎてしまっただろうか。とエースがじりじりし始めた頃、道の先に女達の姿が見えた。
思わず声を上げて少女の名を呼ぶとその身が勢い良くこちらを振り返る。
それでもちらりとも後ろを見ようとしないに、マルコは僅かに歩みを早めた。
「デレデレしちゃって!エースのバカッ!」
少女に追いつけば怒りの声が放たれて、思わずエースは口を尖らせる。
「デレデレなんて、してなかったじゃねえか!」
女達が勝手に言い寄ってきただけで、少しもそんな気は無かったのだと言うが、少女はそれでも納得はしないようでぷりぷりと怒ったまま。
はおれを信じられねェのか?」
段々と面倒臭くなってきたエースはその身を担ぎ上げて走り出した。
「ちょっとエース!降ろしてよ!」
「うるせェな、ちょっと黙ってろ!」
女の肩を抱いて歩くマルコの背を見つけてその隣を駆け抜け、追い抜いたところでチラリと後ろを確認すると、彼が夜目にも鮮やかな赤い髪の女に口付けているのが見えた。
夜で人気が少ないとは言えこんな往来で、とは思ったが全く彼等は気にも留めていない。
エースにはそんな度胸はなかったから、殊更に船へと向かう足を早める。
一刻も早く部屋に行き、彼女をどんなに好きかを伝える為に。
余所見なんて全くする気などないのだと教える為に。



2万ヒット記念にリクエストくださいましたGear様へ。
「ヘイ、ダーリン!」のエース版。その後ではなくエース視点でお送りしました。
初々しい若者達と熟年夫婦(笑)の差が出ていればいいなあと。
Gear様、リクエストありがとうございました!少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
by.盈
20110118