お帰りと頬に触れる手も
行っておいでと背を撫でる手も
貴方だから、愛おしい



暖かな手




ドアをノックすれば「入んな」と返事があって、は静かにその戸を開けた。
今はすっかり見慣れた緋色に囲まれたその部屋の主は、布団に胡坐を掻いて煙管をふかしているところだった。
「お邪魔でしたか?」
すっかり寛いでいるその姿に一応問いかける。
「馬鹿を言うな。お前が邪魔だなんて事があるわけないだろう。こっちきな」
どんな時でも彼が自分を邪険にするなどと言う事が無いのは知っていたが、改めてそう言われるとやはり嬉しい。
笑みを浮かべたがふわりと隣に腰を降ろすのを確認してから、イゾウは煙管を灰吹きに軽く叩きつけ灰を落とした。
「あいつら、仲直りしたのかい?」
マルコとの喧嘩の事はもちろんこの男の耳にも入っていて、その事を指しているのだと直ぐに理解したは小さく首を傾げて見せる。
「さて…どうでしょうか。先程任務の支度の為にお部屋にいるとは教えて差し上げましたけど」
そう応えるとイゾウは肩を揺らしながらその顔に笑みを浮かべた。
「だったら今頃はよろしくやってる頃か」
まったく世話のかかる奴等だと零す彼には全面的に同意してしまう。
マルコも変なところで鈍い事があるが、自分の隊長も昔と比べれば成長したものの、時折ああやってじゃじゃ馬だった頃の片鱗を覗かせたりするのだから。
「おれだったらあんなヘマはしないが」
「あら、それは見られたりはしないと言う事ですか?」
意地悪く尋ねてみれば、それよりも意地悪な表情を浮かべたイゾウにじっと見つめられ。
「おれの唇はお前だけのものって事さ」
そう言ったイゾウの手がの肩を抱き寄せ、やんわりと唇が重なる。
ほんの些細な悪戯心に甘いキスが返ってくるなんて、この人は自分よりも何枚も上手なのだと改めて感じていると、柔らかく唇を食まれ。
「お前の唇も他の男になんてくれてやるなよ?」
「そんな『ヘマ』、私だってしませんよ」
そう返せば楽しそうに笑ってイゾウは立ち上がる。
「それはそうと、今度は長くかかりそうか?」
任務の期間の事を尋ねられているのだと知っては少しだけ考え込む素振りを見せた。
「なるべく、早く終わらせるつもりですけども」
「一月くらいはかかるか…。その身に傷などつけて帰ってくるんじゃないよ」
流れるような動作で茶を入れるイゾウの手元を眺めていると、やがて彼は小さなお盆に湯飲みと菓子を乗せて再びの隣へと戻って来た。
「全く。お前が0番隊に入る事になるなんて思いもよらなかったが」
0番隊の女を手に入れた男達は気が気ではないとイゾウが零すのに、は苦笑いを浮かべる。
「でも、0番隊に入っていなかったらイゾウとこんな風にはなっていなかったかも知れませんよ」
ナースとしてこの船に乗っていた頃よりも、0番隊として働くようになってから他のクルーや隊長達との接触が増えたのは確かだ。
そのお陰でこうしてイゾウとも想いが通じたのだとは思っている。
外に出る任務に危険が付きまとう事もしばしばだったが、それも仕方のない事と。
「それに、オヤジ様や隊長達のお役に立てるのですから」
厭う事などないのだと告げればイゾウの手がやんわりと細い肩を掴んだ。
「それはお前の隊長の事かい?それともこのおれの事かい?」
『隊長』が誰を指すのかと問いかけるイゾウはやはり意地の悪い笑みを浮かべている。
「どちらも、ですよ」
そこは素直にイゾウだけとは言えなくて、そう応える。彼の事はもちろん愛しいが、自隊長のだって可愛い妹である事に変わりはない。
と同じか。妬かせてくれるじゃないか」
「意地悪な事をおっしゃらないでくださいな。の事だって大切ですけど、私が愛しているのはイゾウだけですよ」
だからそんな風に拗ねる素振りを見せないで、とそっとその唇に、今度は自分から口付けた。
それに満足そうに唇を吊り上げたイゾウの表情は本当に艶やかで華があると思う。
時には女である自分よりも色香を感じさせる事のある彼は、それでも矢張りれっきとした男で。
それを身をもって知っているのはだけなのだけれども。
「明日には出発するんだろう?だったら今夜は部屋に帰すわけにはいかねェな」
とりあえず茶でも飲んでゆっくりしていきな。等と白々しい台詞を、だがは咎めもせずに差し出された菓子に手を伸ばす。
この辺りでは手に入り難いであろうワノ国独特の上品な甘さを持つそれを口に含めば、懐かしい味が広がった。
部屋に戻る気など無い。
次にこの船に帰ってくるその時まで忘れぬように、この男の全てを刻み込みたいのだから。



2万ヒット企画にご参加くださいましたGear様へ。
「悪いのは、君のせい」のその後のお話。イゾウとその彼女でした。
なんかこの人達ちゅっちゅしまくってる…!イゾウが意外とキス魔なんじゃないかと思った今日この頃です。
楽しんで頂ければ幸いです。
Gear様、リクエストありがとうございました!
by.盈
20110113