あの頃のように、とまではいかないけれど。
嫉妬心が消えうせたなんて。
そこまで落ち着いてはいないと、思うのだ。



ヘイ、ダーリン!




酒と食事と女、と言えば全てが一緒くたになったその島唯一のレストランにもなっている酒場に行くしかなかった。
小さな島では良くある事だ。
そう言うところでは男も女もわきまえているから、商売女だってあからさまな誘いはかけてこないし、女達はそれを横目に大人しく食事を済ませて帰る、そういう仕組みが出来ている。
一般人だろうが海賊だろうが旅の者だろうがそれは変わらない。
浴びるように酒を飲む者。今夜のお相手を物色するような視線を辺りに投げる者。ただひたすらに胃袋を満たそうと食事をかき込む者。様々な目的の者が一緒くたに存在する一種異様な空間ではあったが、海賊であるやその仲間達にとってはなんの問題も無い。
それでもの隣で果実酒をちびちびと煽っている少女は、目の前で繰り広げられている光景が気に入らないらしく、先程から人を射殺せそうな視線をそちらに投げていた。
原因は言わずもがな、少女の良い人であるエースに絡む女だ。
気持ちは分かる。その隣ではマルコも絡まれているのだから。
濃い目の化粧、振りまいた香水は少し離れたこの場所にまで香ってきそうな甘ったるいもの。
少女はがスカウトして来て最近0番隊に入った所謂新人なのだが、末っ子同志気が合ったのかやはり同じ頃にこの海賊団の一員となったエースとそういう仲になるまでそう時間は掛からなかった。
と言うよりは、早かった。若さとはこういうものか、と少し羨ましく思った覚えがある。
兎に角、彼女の恋人であるエースが彼女の目の前であるにも関わらず女の人にべったりと言い寄られているものだから、彼女は不機嫌で仕方がないと言うわけだ。
そういう店ではないから女は露出も低いしあからさまな言葉すらかけてはいないが、白ひげの隊長達ともなれば客としては上客も上客。出来れば逃したくないと言ったところなのだろう。
先程から甲斐甲斐しく酒を注いだり煙草に火をつけてやったり(これは主にマルコにだが)しているものだから、少女としては面白くない。
それを上手くかわせないエースにも苛立っているのだろう。エースもまだまだ若いのだから仕方が無い、とは少女の前では口には出せないが。
さん、あれ、いいんですか?」
頬を膨らませたその顔ですら可愛いと思ってしまう。歳をとったものだと思わず苦笑するとそれを別の意味で捉えてしまったようで少女は更に顔を顰めた。
「マルコさんだって、言い寄られてるんですよ!?」
僅かに声を荒げた少女の腕を軽く叩いて宥めながら言う。
「大丈夫さ。二人だって私達の目の前で他の女を買う程馬鹿でもないし、飢えてもいないでしょう?」
そう言ってやればその通りかもしれないが、それでもあの光景が不愉快である事には変わりはないようで、相変わらずの鋭い視線が飛んでいる。
もう一度言うが、気持ちはとても良く分かる。だって昔はそうだった。
『じゃじゃ馬』と呼ばれていた頃は隣の少女のようにいちいち怒っていたものだ。
酒場の女にうっかり唇を許したマルコに雷撃を叩き込んだ事は今でも覚えている。多分、彼も覚えている。
今も気にならないと言えば嘘になるが、頭に血が上るような事は無くなった。落ち着いてしまったのだろうか。それは時のなせる業か。
それともこれを倦怠期とでも言うのだろうか。自分の男が他の女に言い寄られているのに怒る気にもならないのは。
それでも。
彼を愛しいと思う心はあの頃からなんら変わらない。
雷撃まで叩き込んだ事があるからかも知れないが、彼が他の女と間違いを起こせば只で済む筈も無いと知っているし、だってマルコが他の女と間違いを起こす筈が無いと信じている。
彼に愛されているのだと、彼を愛しているのだと、自負しているのだ。
それは傲慢でもなんでもなく、何度も何度も確かめて来た筈の二人の心なのだ。
少女には、まだそれが足りないだけの話だ。エースと少女に必要なのは時間だけだと、思う。
しかしいい加減隣の少女が可哀想になってきた。
少しだけ、手を貸してやろうかとはニヤリと笑った。
「見てな」
そう言って指先を軽く閃かせた。
パリッと言う小さな破裂音がして細い雷光が走る。
それは目の前の二人の男の隣に陣取って甘い言葉を囁き続ける女達の耳に向かって飛んで行き、その耳に下げられたイヤリングを一つずつ弾き飛ばした。
突然の事に驚いた女達が小さく悲鳴を上げて己の耳を押さえているがもちろん彼女達自身を傷つけるような事はしていない。
何が起きたのか分からずに驚いた顔をしているエースと、が何をしたのか理解しているマルコの前まで歩いて行く。
「あまり調子に乗るもんじゃないよ、お姉さん方」
あの子の視線にはずっと気付いていただろう?と尋ねれば女達は少しだけむっとした顔になる。
「別にいいでしょう?貴方達海賊が恋人同士のようにお互いを束縛し合うなんて聞いた事ないわ?」
一人の女が気丈にも言葉を発した。
確かにあちらこちらに「港の女」を作っている者もいる。自由と言う名の下に愛をばら撒く、海賊なんてそんなものだ。
だが、そうでない者もいるのだ。まさに目の前に。
それを彼女達に否定はさせない。
の瞳がす、と細められる。纏う空気が冷え込んだ気がしてエースが思わず身を竦めた。
「それは、私の男よ。海賊のモノに手を出そうってんなら、それなりの覚悟があるんでしょうね?」
挑発的な笑みを浮かべながら掌に雷光を閃かせてやれば、女の顔が引き攣った。
その顔に恐怖を顕わにした女を見て満足気に微笑むとすい、と身を引いた。
「五分で追いかけてこなかったら、浮気してやるわ」
笑顔のままでマルコに言い放てば彼は苦笑いを返す。
「貴方もよ、エース」
隣の青年にも釘を刺しておいて、は渋る部下の手を引いて酒場をあとにした。
「いいんですか!?二人を放っておいて!」
この可愛らしい部下は店に残してきた二人の事が心配で仕方がないらしい。思わず小さく肩を揺らした。
「これで追いかけてこない程、二人は馬鹿じゃないわ」
そう返して彼女の腕にある時計を確認する。まだあと四分もある。焦るにはまだまだ早い。
しきりに背後を気にする少女の背を押しながら船へと急ぐ。
出来るだけ店から遠く、船には近い方がいい。
暫く歩いてもう一度時計を見せてもらうと、彼等に与えた時間は残り二分を切っていた。
追いかけてこなかったらどうしよう、と少女が不安気な顔をに向けた時、背後から僅かに焦ったようなエースの声がした。
名前を呼ばれていてもたってもいられずに振り返る少女に苦笑しながらも、その足は止まる事無く船へと向かった。
背後でなにやら言い合うエースと少女の声を聞いていると隣に気配を感じてマルコが並んだのが分かる。
「随分と急いだもんだよい」
たった僅かの時間で随分船に近づいた、と言われては笑みを浮かべた。
船に近い方がいいのだ。こうして彼女達を追いかけてきた男達と、その心を確かめ合う為には、少しでも帰り道は短い方がいい。
さり気無く肩に回ってきたその手を拒む気など微塵もない。
「さっきの顔、そそられたよい」
『私の男』だと言い切ったその時の顔。どんな商売女よりも誘われる、とマルコが小さく笑えば。
「どうかしらね?男は単純だから」
も意地悪く返す。
「おれは、お前の『男』なんだろい?」
くつくつと肩を揺らすマルコの隣を、少女を担ぎ上げたエースが船に向かって走って行った。
「あらあら、若い事」
思わずが言えばマルコも言う。
「お前だって十分若いだろうよい」
「あら。じゃあ私ももっと激しく嫉妬でもしてやれば良かったかしら」
「お前の雷撃を喰らうのはもうごめんだい」
やはり彼はあの時の事を覚えていた。くすくすと笑みを零すの肩を強引に抱き寄せたマルコの顔が近い。
溜まらず、彼女を抱えて走っていったエースと、船に戻るのを待たず唇を寄せたマルコと、一体どちらが青いのだろうかと、は一人笑みを漏らした。



エースの彼女まで出張ってしまいました、すみません!
ちょっとお時間頂いてしまいましたが、個人的には満足のできになりました。
永河様にも気に入っていただけると良いのですが…。
一人祭りに参加していただきましてありがとうございました!!
by.盈
20101005