貴方が守ったこの命を、どうして私が捨てられましょうか。
願わくば、次は貴方とどこまでも。



たとえ地獄の果てだとて




B・Wがその実態を晒し仲間達が海軍に捕らわれた時、その女一人が無事だったのは女が非戦闘員だったためと、社長であるクロコダイルがその存在を隠したからに他ならない。
だから女は無事にアラバスタを抜け出た後も身分を偽り、決して海軍の手に捕まるようなヘマをするわけにはいかなかった。
だが、インペルダウンに捕らえられた彼にはきっと、もう一生会う事はできないだろうと女は思っていた。
元王下七武海がこんな事件を起こしたとあれば、インペルダウンの深いところに幽閉されるであろう事は想像に難くない。
20年前の一度だけ、囚人の脱獄を許したと言うがそれ以来は全く鉄壁の守りを誇るその監獄から、いかに彼であろうとも逃げ出せるとは思えなかった。
女は残りの人生、あとどれだけ生きられるのか解らなかったが、とにかくその残りの人生を彼なしで生きなければならなかった。
全くつまらなく、切なく、苦しい余生だと思ったが、彼がわざわざ逃れさせた命を自ら捨てるわけにもいかなかった。
「サー…」
無意識のうちに彼を呼び、その指先が首から下げられたペンダントを撫でる。
黒真珠の装飾が為されたそれは、彼が最後に女に与えた『首輪』だ。
小物入れにもなっているその中に何が入っているのか女はもちろん知っていた。
中身を知ったとしても、女には何もする事はできない。それを知っていて敢えて与えた。
「どこまでも残酷な人…」
助けに行くことも、全てを諦めて死ぬ事も許されない。涙など、とうに枯れ果てていた。



今日はやけに島が騒がしい。
とっくに世界への興味など失せていたが、こう騒がしくては嫌でも耳に入ってくる。
広場に出て見れば、そこに設置された大型モニターには一人の海賊の処刑の様子が映し出されている。
若者の顔には覚えがある。白ひげのところの人間だ。クロコダイルが何かと気にしていた相手の部下だから覚えていた。
回りの野次馬の話に耳を傾ければ、その若者は今までインペルダウンに幽閉されていたらしい。
もしかしたら檻の中でクロコダイルと会っているかも知れない。
あの人は今どうしているのだろう。久し振りに彼を思って胸が軋んだ。
あの人を見た?と尋ねてみたい気持ちに駆られ、女は画面から目が離す事ができなくなっていた。
そこで画面を見つめていたって、若者に声が届くわけでもないのに。
うんざりする程の海軍が集められたその場所で事件は淡々と起こっていく。
そして。
突如として空から降ってきた一隻の船、その中に。
次々と落下してくる人の中に閃く黒。
「まさか…!」
だが確かに女は見た。見間違えるはずもない、懐かしい黒のコートを。
女は慌てて首に下げたペンダントを掴んだ。
震える指先でペンダントの合わせを探る。何度か失敗してようやく開くと、中にはビブルカードの切れ端があった。
「この時の為に…」
彼はいつか必ずあの檻を抜けるつもりだったのだ。
だから、その時の為に女にこれを与えた。
女に助けに来てもらう為ではなく、己が自ら檻を出た時に彼女が己の元に戻ってくるように。
唇が、手が、脚が、全身が震えた。
「行かなくては…!」
ビブルカードの切れ端をしっかと握りしめ、女は走り出した。



「遅かったじゃねェか、おれを待たせるとはお前もえらくなったもんだ」
女一人の力ではマリンフォードに近づく事などできない。
彼の元へ馳せるのは容易な事では無い。全てが終わり、彼がマリンフォードを離れてからしかなかった。
それでも思っていたよりも時間をくったのも事実。女は素直に頭を垂れた。
「申し訳ございません」
だが言い訳など一切しないその女を、クロコダイルは昔から気に入っていた。
「アレの中身を見たか?」
「もちろん、です」
「それでここに来たわけか」
「はい」
「クハハハ」
笑い声を上げながらクロコダイルはその鉤爪で女の腰を引き寄せた。
口にくわえた葉巻を地面に吐き捨てる。
「上出来だ、褒めてやるぜ」
そう言って女に与えたのは荒々しい口付け。
「っ、ん…サー…」
何度も何度も角度を変えては口付けられる。
「サーじゃねェ、名前を呼べ」
「…クロコダイル様」
その名を呼べば、一層深く唇を重ねられた。たっぷりと口内を荒らされ、ようやく解放される頃には既に女は腰が砕けている。
「クロコダイル様、またお会いできて光栄です」
ぐったりとした身体を彼に預けて女はうっとりと呟く。
その髪を梳いてやりながら、クロコダイルはニヤリと笑みを浮かべた。
「ああ、今度おれが檻に入る時はお前も連れて行くぜ」
「はい。どこまでもお供いたします」
もう二度と離れたくはないと、女はクロコダイルのコートを掴み締めた。



一人祭りにご参加いただきました毬村まこと様へ捧げます。
名前変換無くてすみません!!でもなんか今回は無い方がいいかなぁと思いまして。
クロコダイルも登場時から好きだったので、いつか書いてしまうと思っていたので、今回このような機会がいただけて嬉しかったです。
まこと様、リクエストありがとうございました!
by.盈