その鋭い眼差しは確かに強い意志を孕んではいるのだろうけど、彼の思考はいつだって読めない。と言うのが本当のところだった。
「お前に興味がある」
だから、唐突に言い放たれた一言に驚きはしたものの、は真面目くさった顔で「はい」と応えただけでまさかそれが恋愛感情を含んでいるとは想像もしていなかったのだ。
「・・・・・?」
彼の眉間が微かに顰められた事に気付いたのは、七武海召集の度に幾度も顔を突き合わせてきたからだ。
不機嫌そうに顰められたその表情に、何かまずい事をしてしまったかと、背筋を冷たい汗が滑り落ちる。
は七武海のミホークが召集によってこの海軍本部に滞在している間に世話を任されただけの一般の海兵だ。
その自分が彼の機嫌を損ねたとあれば、彼女の上司からきついお叱りを受ける事は間違いない。
普段の任務以上に気を張って彼と対峙していたつもりなのに、とはこれ以上ないくらいに姿勢を正し真っ直ぐにその瞳を見つめる。
だが、いくら考えてみたところで、今のやり取りの間には何も粗相など見つけられなかったし(そもそもたったの一言しか発していない)、敬礼の手が曲がっているだとか、そんな事でこの男が機嫌を悪くするとも思えなかった。
「お前は何もわかっていない」
もう一度発せられた言葉に、今度こそははっきりと困惑の表情を浮かべ、これは間違いなく始末書コースだ、と肩を落とした。
「あの、何か失礼があったのならお詫び致します。ですからどうか、理由をおっしゃって頂けませんか?」
出来るだけ丁寧に、非礼がないようにそう請うと、おもむろにミホークの腕が伸びてきて、気づいた時には彼の胸に深く抱きこまれていて。
そして唇に柔らかな、違和感。
情熱的に、けれど思ったよりもやんわりと重なった唇が離れて行ったあと、視界に映った彼の瞳は、確かに熱を孕んでいたのだ。
そうして再び、今度は先程よりも大分と強く重ねられる唇。
嗚呼、なんて。





強引なキス






そして私はもう、逃れられないのだ。











一目惚れだったなんて言ったら、お前は笑うか?と問われたけれど、彼の事を笑うなんてとんでもない、と思ったのだ。
突然のキスの後、少しだけ気まずそうに、けれどはっきりとした好意を持ってそう告げられた彼の想い。
あの大事件の後。
決して浅くは無い傷を、その身に(そしてきっと心にも)負ったと言うのに、それでもこの街の為に。ウォーターセブンの未来の為に、すぐさま働き出した彼をは心から尊敬し、慕っていた。
事件と共に居なくなってしまった秘書の募集に応募したのも、彼を支えたいと思ったからだ。
支えるなんておこがましいが、ほんの僅かでも力になりたかった。
だから、秘書として採用された時は本当に嬉しかったし、実際に傍で働いていても、彼の働きっぷりには頭が下がるような思いだった。
そんな彼に、アイスバーグに惚れられているなんて。それはとても光栄な事ではないかと。
「・・・嬉しいです。とても」
働きっぷりだの市長である事だのを除いても、彼はとても魅力的な人だとは思う。
だけど。
「でも、アイスバーグさん。それで私を採用されたのですか?」
採用の理由がそれだとしたら、嬉しいような悲しいような、複雑な気持ちだ。
少しだけ困ったような表情をして尋ねるに、アイスバーグはやはり同じような表情を浮かべた。
「ンマー・・・違うとは言い切れん。だが、君の働きは評価しているつもりだし、十分に助けられている。君を採用して良かったと思っているのは本当だ」
そう言った彼の手が伸びてきて、そっと頬に触れる。
僅かに下心があったとしても、彼であるなら許してしまえるような。
そう思ってしまうのはきっともう、ずっと前から彼に惹かれているからだろう。
「秘書としても、女性としても、ずっと傍に置いておきたいと思っている」
そんな殺し文句を言った唇が、再びのそれに重なり、身も心もとろけてしまうような感覚に陥った。





二回目のキス






もう一度、なんて言える筈もなく。









猫科の動物と言うものは、往々にして気紛れなものだと思っている。
彼の場合はその能力に関係無しに気紛れなところがあるとは思うが、それに輪をかけているのが彼のその能力だと、はそう思っている。
だからこそ、今日もこうして彼を探し回る羽目になど、なっているのだと。
間もなく長官が海軍本部から帰還すると言うのに広場に姿を見せもせず、一体何処で油を売っているのかと。
なんだかんだ、カクやカリファは彼を探すのを手伝ってはくれないし、ジャブラに至っては言わずもがな。犬猿の仲とも言えるべき彼が動く筈も無い。
結局のところは自分で探すより他は無く、は彼がいそうな場所へと向かう。
悲しいかな、今ではすっかり彼の居場所の検討もなんとなくつくようになってしまった。
最初に向かった倉庫の中、高く積荷が詰まれたその奥には彼の姿は無く、次に向かったのは長官の部屋のテラス。
本人が不在の為入り放題のその部屋は日当たりも良く、テラスはさぞかし居心地が良いのだろう。
「今日はこちらに居たんですね」
長官が使っているのであろう長椅子に不遜にも身体を投げ出して日向ぼっこをしているその様は、どこから見ても猫科のそれにしか見えず。
日除け代わりに顔に被っていた帽子の下から送られる、何故探しに来たと言わんばかりの視線を受け流したは小さく肩を竦めてみせた。
「そろそろ広間の方へ行かないと。間もなく長官がお見えになりますよ」
声をかけると閉じていた目を片方だけ開け、ちらりと彼女を見やる。
「面倒くさい」
そう言ったのは長椅子の背凭れにとまっていたハットリだったが、それは間違いなくルッチの本心で。
任務には忠実な彼にしては珍しいその言葉は、きっとこの天気のせいだろう。
「気持ちは分からなくもないですけど」
何もかもを投げ出してこの晴天の下、穏やかな陽だまりの中に身を投げ出すその様は、本当に日向ぼっこを満喫する猫のようで。
任務中からは想像もつかないその姿は、思わずいつまでも眺めていたくなる程なのだけど。
「長官がお怒りになりますよ」
気分屋なところがある我等が長官は、帰還時に出迎えのCP9の姿が一人足りない事を、間違いなく喚き散らす。
彼が怒りの声を上げたところで意に介する者など、メンバーの中には誰一人としていないのだろうけど、ヒステリックな怒鳴り声を聞くのはうんざりだった。
「さあ、ルッチさん」
顔の上の帽子を取り上げてしまえば、降り注ぐ陽射しに眩しそうに顔を顰めるルッチ。
「ほら、ハットリも」
「おい、」
ほんの僅か、ハットリに目をやったその隙に、音も無くしなやかに上半身を起こしたルッチが声を上げ、思わずそちらに顔を向けると予想以上の顔の近さには困惑した。
その刹那、楽しそうに笑ったようなルッチが彼女の唇に噛み付くようなキスを送る。
逃げられぬようにとの腕を掴んでいた手が、そのまま彼女の手にある帽子を奪い去った。
「長官に怒られるぞ」
未だ呆けたままのに、先程彼女が言った台詞をそのまま返したハットリが翼を広げる。
「い、今のは…!」
彼の真意を問い質そうとする彼女に背を向けるルッチの肩が揺れていて、彼が笑っているのが分かる。
「忘れてくれても構わんがな」
低い声で紡がれるのは彼自身の言葉。
そこにどんな真意があったのかは分からないが。





気紛れなキス






忘れる事なんて、出来るものか。







「好きだ」とただ短く告げられた時、そのあまりの意外性には思わず「ああ、お肉の話?」とまるで検討違いな言葉を返してしまったのだ。
僅かに眉が顰められた後、暫く考え込むようにしたゾロが再び口を開く。
「お前の事が、好きなんだ」
再び間違えられる事がないようにと、今度ははっきりと主語をつけて告げた言葉に、は驚いて目を見開いた。
最強の剣士になる事以外は、食うか寝るかしか興味のなさそうなこの男が、まさか異性に向かって愛の告白などをするとは思っておらず、僥倖とも言えるべきその行動に言葉が出てこない。
だけど、その告げられた想いは、嬉しいものである筈なのだ。
何を隠そう、自分も彼の事が好きだったから。
突然の告白と、想いが交わった事への嬉しさで混乱して二の句が告げずにいるに、だがゾロもそれ以上何を言ったらいいのか言葉が出てこない。
暫くの沈黙の後に、漸く口を開いたのは彼女の方だった。
「私も、ゾロが好き」
彼女が言葉を発してくれた事と返事をもらえた事とで、ゾロがほっとしたように表情を緩める。
そうしてまた無言のまま、お互いにかける言葉を探していたが、晴れて両思いなのだと悟ったゾロが、照れたように彼女から視線を反らしソワソワと落ち着きを失っていくのを、は不思議そうに見やる。
「どうしたの?」
問いかけられたゾロは一人、何か葛藤しているようにも見えたが、ややあって覚悟を決めたように彼女に向き直ると。
「キスしてもいいか」
予想外の言葉に顔が熱を持つ。
雰囲気を作る事も出来ず、他に上手い言い回しを考えつくことも出来なかったゾロが発した言葉は酷くストレートだが、その欲求は嬉しいと思う。
だから、ははにかんだような笑顔を浮かべた後で、少しだけゾロとの距離を縮め、そして瞼を閉じる。
見えなくても、ゾロが最後の距離を縮めた気配がする。
そして。
予想していた感覚とは違う、ちょっとした衝撃に、は思わず目を開いてしまった。
見た事もない程近くにあるゾロの顔は赤くなっていて、自分の顔も同じくらい赤くなっているのだろうとは思うが、それよりも鼻と鼻がぶつかった事がおかしくて。
不慣れな行為に及んだが為に起こった事故に、気まずそうにしているゾロを見ていると、ついつい笑みが浮かんでしまう。
「ゾロ」
囁くように、でもこの距離ではしっかりと聞こえた優しい声。
次いで首を傾げるように頭を傾けたが、その唇がゾロのそれに触れる。
やんわりと触れた感覚を残して直ぐに離れていったそれを惜しんだゾロが、今度はの頭を掴むように引き寄せ、もう一度唇を重ねる。
押し付けられるようなそのキスは愛しくて、そして少しだけ。





下手くそなキス






思わず、肩が揺れてしまう。










お題は『確かに恋だった』様よりお借りしております
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