たった九人。両の手で足りるだけの人数なのに。
このバラバラ過ぎる個性を纏めなきゃあいけないなんて。
あたしはリーダーに選ばれなくて良かったなぁ、なんて。
そんな風に思ったら彼に悪いけれど、心底そう思う。



Amore freddo:Due

 〜心中お察しします〜



「新入りだと…?」
朝のカプチーノを楽しんでいたはずのプロシュートは、あっと言う間にご機嫌斜めになったとは感じた。
この綺麗な顔をした色男は普段は涼しげな顔をしているが、見た目とは裏腹に感情の起伏が激しいのだと言う事が分かり始めてきた。
お互いに一発ずつ、頬を腫らす事になった二人の男を宥めすかして一応の自己紹介を済ませた翌朝、リビングで彼女が買ってきたパニーノを口にしながらリゾットが告げたのは新入りの話だった。
「ボスからの伝言だ。今日、五人が新しくこのチームに加わる事になる」
「…しかも五人だと?」
プロシュートのこめかみがヒクリと動いたのをは確かに見てしまった。
新入りと言ったってそもそもこのチーム自体が昨日結成されたばかり。だったら何故最初から今日集合にしなかったのかと言いたくなる気持ちも分からないでもない。
しかも最初のメンバーの倍以上もいきなり増える事になるとは。
だがどういう意図があったにせよ、ボスからの言葉に文句をつけても仕方がない。
そのくらいは分かっているプロシュートは、カプチーノを飲んで心を落ち着ける事にしたらしくそのまま口を噤んだ。
「でも、いきなり九人は確かに多いわね」
ここフィレンツェを暫く拠点とする事になった彼等に与えられた一軒の家、その部屋があっと言う間に埋まってしまった。
個人の家を持っても構わないが、アジトとなるこの場所にもそれぞれの部屋が与えられる事になる。
仕事の性質上、ごちゃごちゃと物を増やす気にはならなかったが、それでも後で必要最低限の物を揃える為の買出しには行かなければならないだろうと思う。
それにしても暗殺などという物騒なチームのメンバーがこんなに増えるとは、これから暫くは忙しくなるのだろうか。ボスは一気に邪魔な敵を片付けるつもりなのかもしれない。
そんな事を考えていると、アジトのドアが突然開かれた。当然の事ながら部屋の中に居た人間全ての視線がそちらに注がれる。
「お…」
ドアを開けた人物はそういった事態は想定していなかったのだろうか。集まった視線にどうしたらいいものかとドアを開けた手すらもそのままに動きを止めてしまう。
「お前は…ギアッチョか。とりあえず中に入れ」
ボスから事前にメンバーの略歴と写真を受け取っていたのだろう。リゾットが彼に声をかけると、ギアッチョと呼ばれたカーリーヘアの男は多少緊張した面持ちでドアを閉め中に入ってきた。
「まぁ、そう緊張すんな。気持ちはわからんでもないがな。適当にその辺座れよ」
ホルマジオが気さくに声をかけてやると、ギアッチョは空いていたソファに腰を降ろす。
「自己紹介といきたいところだが、あと四名来るまで待ってくれ。出来ればいっぺんに済ませたい」
リゾットの言葉に依存無しとばかりにプロシュートも頷いた。
相手の名前も素性も分からない状態でいつ来るかも分からない残りのメンバーを待つのは随分と落ち着かない気持ちなんだろうな、などと思いながらは出逢ったばかりの仲間にカプチーノを淹れてやる為にオープンキッチンに向かう。
昨日、このアジトに初めて足を踏み入れたホルマジオが、一体どうやったのかは分からないが「何はともあれコレがねーと」とキッチンに設置したのはエスプレッソマシンだった。
イタリア人ならば朝はやはりカプチーノでないと落ち着かないのだろう。早速使う機会が出来て何よりだ。
それでもカップはまだ人数分は用意できていなかったから、自分が使っていたカップを洗ってそれにカプチーノを作り、新しい仲間へと提供する。
大して間を空けずに残りの四人の仲間達が次々とやってきて、その都度彼女はカップを洗ってはカプチーノを出してやる、と言った作業を繰り返した。
ギアッチョの次に姿を見せたのはアシンメトリーカットに、何故か片目を覆うようなマスクをした男。
こちらもプロシュートに負けず劣らずの優男だった。名前はメローネと言った。
メローネはカプチーノを淹れる彼女を見て「その子ここのメイドさん?」などと言うものだから、危うくまたリゾットが殴りかかるところだった。
「彼女は多分ここに居る誰よりも経験豊富だ。迂闊な口は閉じておいた方が身の為だぜ。こうなりたくなかったらな」
そんなリゾットを制したのは意外にも彼に殴られて頬を腫らしたプロシュート。彼は自分の頬に張られたガーゼを指してニヒルに笑う。
「ふうん」
メローネは気のない返事をしてリゾットにも張られているガーゼを見て笑った。
次いでやってきたのはソルベとジェラートと言う二人組みの男。
彼等は元々知り合いだったらしく、部屋に入って来て同じソファに腰を降ろしぴったりとくっ付き合っていた。
ギアッチョが少しだけ引いたような顔をしていたが、彼以外はすらも、表面上は眉一つ動かしすらしなかった。
最後に姿を見せたのは黒髪の細身の男で、名をイルーゾォと言った。
全くどうでもいい事だったが、赤毛のホルマジオや奇抜な格好をしたメローネといった面子の中で、彼が一番暗殺者らしい、とは勝手に思った。
「全員揃ったな。これでようやく自己紹介が出来るワケだが」
リーダーらしく場を仕切り始めたリゾットが一度言葉を切る。
「一つ、確認しておきたいのは、おまえ達が全員スタンド使いであると言う事だ」
次の瞬間部屋の空気が張り詰め、互いに互いを探るような視線が飛び交う。
そんな中で動じていないのはリーダーのリゾットとだけであった。
なんとなくだが、そうなのではないかと彼女は感じていた。スタンド使いは引かれ合うと言う言葉を聞いた事がある。
これだけの人数が集まって全員がスタンド使いと言うのは珍しい事だが、それだけでも組織の特異性が窺い知れる。
だがそんな事はどうでも良かった。生きていく為には危ない橋ですら渡る事を厭わない。ここにいると言う事は、その覚悟があると言う事だ。
この中の誰一人として生半可な人生を送ってきた者はいないはずだ。
「スタンド能力を見せ合えとでも?」
プロシュートが鋭い視線をリゾットに向ける。
スタンド使い同士の戦いの中で、その能力の秘密や特徴を相手に知られる事は生死に関わる事もある。仲間とは言え、出会ってから間もない相手に己のスタンド能力を少しでも見せる事に躊躇いを感じるのも無理は無い。
それでも。
「多少は知っておかなければ仕事の割り当てもできない。それに、オレ達はチームなんだ。少しくらいは構わないだろう」
もう、チームなのだ、とリゾットは繰り返す。
こうして集められて仕事を任される事になった以上、後には引けない。ボスの命令は絶対。
ここで抜ければ裏切り者として始末されるであろう事は容易に想像が付く。
互いをチームの仲間として認め、信頼を築いて行くしかないのだと。
「あたしは構わないわ」
無言のまま視線だけを動かし牽制し合う男達を差し置いて声を上げたのはだった。



20100627