己の運命や境遇を恨んだ事など一度もない。
欲しいものがあるのなら、力ずくでも手に入れればいいのだから。
その力を得る事ができた事に、感謝すらしている。



Amore freddo:Tre

 〜スタンドをこんな風に使うハメになるなんて!〜



スタンド能力を見せても構わない。そう言い放ったチームの紅一点に視線が集まった。
「あたしが見せたら皆も見せてくれるのよね?」
今更尻込みなんてするんじゃあないわよ?と言外に仄めかす。
女のクセに言うじゃないかと色めき立つ者、面白いと目を細める者、反応は様々だったが男達の視線は変わらず彼女に注がれている。
「あたしは。そしてこれがあたしのスタンド、『イン・ブルーム』よ」
彼女の身体が白一色に覆われ、次の瞬間にはその姿はリゾットそのものになっていた。
これには当のリゾットも驚いて目を見張る。彼女と同郷だと言うリゾットも彼女のスタンド能力までは知らなかったようだ。
身長や体つきまでもがリゾットそのもので、どこにもだった面影は無い。
そしてその姿が一瞬だけ白に覆われ、次の瞬間にはホルマジオに。驚きに目を見張る一同を余所に、次々とメンバー全員の姿になって見せた後、彼女は漸く元の己の姿に戻った。
「オレ達に何かしたか?」
本人ですらも一瞬どちらが本物か迷いそうになるくらい精巧に相手に化けて見せたに、プロシュートが何かされたのではないかと警戒の目を向けている。
「何もしてないわ。あたしの能力はそういうものなの。名前を知って一度でも姿を見たことがあればこのくらいは簡単よ」
「だけどその程度で仕事が出来るのか?」
イルーゾォの質問も尤もである。相手の姿形を写せる程度の能力が暗殺と言う仕事に役立つようには思えない。
だがもちろん、そんな疑問が向けられる事も想定済みである。
「もう一つの能力は皆の能力を見せてもらってから披露するわ。あたしばかりじゃフェアじゃあないでしょう?」
これ以上はみんなの後で、と頑なな彼女に従ってそれぞれが名前と己のスタンドについて告げていく。
スタンドの姿を見せてくれる者、名前と大まかな能力しか告げない者など様々だったが、とにかくこれで全員がそれぞれの名前とスタンド能力を知る事になった。
「それじゃあ、あたしのスタンドの真骨頂。見せてあげるわ」
最後にもう一度全員の視線が彼女に集まり、彼女は一番近くに居たイルーゾォの前に立った。
「少し屈んでもらえないかしら、イルーゾォ」
「?」
の意図が全く解らずに、だが危害を加えてくる事はないだろうとイルーゾォが身体を屈ませると、彼女は顔を寄せそして言った。
「申し訳ないけど、犬にでも噛まれたと思って頂戴ね」
次の瞬間イルーゾォの唇になにやら柔らかいものが触れ、それが彼女の唇だと解った時にはその姿は『マン・イン・ザ・ミラー』へと変化していた。
「スタンドさえもコピーできると言う事か…」
冷静に呟いたのはリゾットだった。
イルーゾォは己のスタンドが己の意思と反して目の前に現れた事と(もちろんそれは『マン・イン・ザ・ミラー』に変化したの姿なのだが)、彼女にキスをされた事との両方の理由で暫く言葉を失っていた。 (そしてそんなイルーゾォを見てメローネがケラケラ笑っていた。)
「そう言う事。まぁ、この能力が使えるか使えないかの判断は、あなた方にお任せするわ」
彼女は人間だけでなくスタンドですらもコピーする事が出来、それは殆ど無制限に近いらしい。
それだけで十分だった。コピーするスタンドによっては計り知れない威力を発揮できるのだ。
「この中で一番最強なんじゃあないのか?」
プロシュートの言葉に思わず苦笑いを浮かべた。



は、イタリア人の父親と日本人の母親との間に生まれたハーフだ。
きめ細かい肌と艶やかな黒髪は母親譲りで、気に入っている部分の一つだった。
彼女が生まれてすぐに父親は蒸発してしまい、母親は女手一つで我が子を育て上げた。
母国から遠く離れたイタリアの地で、無一文に近い外国人であるの母親が生きて行く為には娼婦として生きる他無かった。
楽な生活ではなかったが、それでも母親は娘に目一杯の愛情を注ぎ、大切に育ててきた。
彼女がスタンド使いになったのは彼女が十代の半ばに差し掛かった頃だった。
生活の為に母親が懇意にしていた男が、どこからか持ち出して来た矢を戯れに彼女に突き立てたのが全ての始まり。
は一週間近く熱にうなされ生死の境をさまよった。
母親は酷く心配したが、それでも男の事を切り捨てられないのを謝りながら、つきっきりで愛娘の看病をした。
目が覚めた彼女は、己の体に起こった異変をすぐに感じとった。そしてその夜、手に入れたばかりの己の能力を男に見せた。
『酷い紛い物だ』
矢の力など本当は信じていなかった男は、そう言って引き攣った表情を見せた。
は迷わず男を手にかける。男の元にあった金目の物と現金を母親に渡し、そのまま姿を消した。
相手をコピーするという能力を使い、彼女は裏の世界で生き始める。
そうして定期的に手に入れた金を母親に送ったが、裏の世界で生きると決めた彼女は決して母親の前に姿を見せる事はなかった。
やがて彼女は自分以外のスタンド使いに会う事になる。幸か不幸か、相手は友好的なスタンド使いではなかった。
数日に渡る戦いの末に、彼女は辛くも命を繋いだ。
その時に、彼女は自分の能力が相手本人だけでなくスタンドとその能力もコピーする事ができると知った。
は自分のスタンドに『In Bloom』と名付けた。
裏の世界で生きるようになってから誰にも祝ってもらった事などなかったが、気付けば二十歳を超えていた。
その後すぐに、彼女の事を噂に聞いたという初老の男が彼女の元を訪れ、組織を紹介された。ペリーコロと名乗った男は彼女を幹部の一人に引き合わせた。
そうして無事に組織の試験をパスした彼女は『パッショーネ』の一員となり、この暗殺チームへと配属される事になったのである。



「なあ、オレともキスしてよ。そうしたらオレのスタンドもコピーできるようになるんだろ?」
先程からキスをしようと迫ってくるメローネに、は苦笑いばかり浮かべていた。
自らのスタンド能力を他人に進んでコピーさせるなど、愚の骨頂だとしか言いようがないが、メローネの真意は彼女と口づけたいだけだから放っておく事にする。
あの方法で自分の能力をみんなに見せたのは失敗だったな、と彼女は引き攣った表情を浮かべる。
だが、スタンドは精神のエネルギーだ。生身の人間ならば名前と姿くらいを知っていれば外見くらいは簡単にコピーして再現する事ができるが、精神のエネルギーはそう簡単にはいかない。
本来ならばもっと時間をかけて相手のスタンドを観察をしたり、その能力をくらったりしなければならないところを、短時間で済ませる為にはあの方法が一番良かったのだ。
精神エネルギーのスタンドに関しては姿を見たくらいでは完璧に再現する事が難しい。
出来ない事はないのだが、酷く粗悪な出来になるのだ。
相手と関われば関わる程、その相手(とスタンド)をコピー出来ると言う己の能力の事を知ってもらうには、イルーゾォとちょっとした既成事実(っぽいもの)を作り上げてしまうのが手っ取り早かったのだ。
それにしたって。
誰か一人くらいメローネから助けれくれたってよさそうなものなのに、とリビングを見回したが誰も助けてくれそうにない。
プロシュートは先程から新聞から顔をあげようともせず、目の前で起きている出来事を完全に無視するつもりらしかった(きっと彼女が自分ではなくてイルーゾォに口づけたのが気に入らなかったに決まっている)。
リーダーであるリゾットはホルマジオを連れて買出しに出掛けてしまったし(やっぱり買い物についていけば良かったとは思った。だが、買い物に行くと言った時に寒いから嫌だと真っ先に拒否したのも彼女だった)、イルーゾォも欲しい物があるからと一緒に出掛けてしまった。
ギアッチョは先程から二人を目線で殺してしまえるのではないかと言う程鋭い目つきで睨んでいるが、口を出してこようとはしない(後で聞いたところによると、一応初対面の相手だから遠慮していたらしい)。
ソルベとジェラートに至っては相変わらずソファでぴったりとくっ付いたまま、面白そうにメローネ達を眺めているだけだ。
そろそろ本気で身の危険を感じた彼女は、奥の手とその姿をプロシュートに変えてみせた。
「これでもキスしたいか?」
まるでプロシュートそのものの姿に声。さすがに男にキスを迫る気にはならないだろうと思ったのだが、甘かった。
「オレは全然構わないね。中身はなんだし」
全くめげる気配のないメローネは、プロシュートの姿をしたをソファに押し付けながらキスを迫って顔を近づける。
「ちょ、マジでやっ…!」
想定外の事態に慌てると、不意に圧し掛かられていた重みが無くなった。
「テメーいい加減にしろッ!」
メローネを引き剥がしてくれたのはそれまで静観していたプロシュートだった。さすがにメローネに迫られる自分の姿を見ていられなくなったらしい。
「オメーもいつまでもその格好でいるんじゃあねぇ!」
プロシュートに睨まれては姿を元に戻した。どうもバールで出逢ったとき以外は彼を苛立たせてばかりだ。
そこに買出しに出ていたリゾット、ホルマジオ、イルーゾォが戻って来る。もう少し早く戻ってきてくれたらよかったのに、とは思った。
「何かあったのか?オメーら」
ソファにぐったりと凭れかかっている彼女と、プロシュートに引き摺り倒されているメローネの姿を見て、ホルマジオが首を傾げた。



20100628