穏やかなその立ち居振る舞いは
胸の奥底にしまい込んで固く蓋をした筈の何かを無性に掻き乱す
それが恋心などと言うものになるとは思いもしなかったのだが



愛しのバンビーノ・1




その日、アバッキオがアジトにもなっているいつものリストランテに着くと、そこには既に他のメンバーが揃っていて、見た事の無い女も一人椅子に座ってカプチーノを啜っていた。
そう言えば今日は新入りが一人くるのだったな、などと思っているとアバッキオの姿に気付いたブチャラティが軽く手を上げたので大股にそちらへ近寄り、手近にあった椅子に腰を落ち着けようとしたのだが。
「ごめんなさい、その椅子には座らないでもらえますか」
「オレがどの椅子に座ろうとオレの勝手だろーが。なんでテメーに指図されなきゃいけないんだ?」
新入りの、しかも女に口を出された事が妙にアバッキオの癇に障って、彼はその端正な顔を思い切り顰めて見せる。
それに苦笑したブチャラティが口を添えた。
「それは彼女のスタンドなんだ。座らない方がいい」
「そう言う事は早く言え」
言う前に文句を垂れたのはアバッキオの方で、それは矛盾しているとは分かっていたが悪態を吐かずにはいられなかった。
僅かに不貞腐れた態度で他の椅子にどっかりと腰を降ろしたアバッキオに、だが女は少し安心したように笑みを浮かべる。
「紹介しよう。今日からオレ達のチームに入る事になっただ」
全員がそろったところで漸くその名を紹介された女が小さく頭を下げた。
「よろしくお願いします」
と柔らかな口調で挨拶をした女は、何故ギャングになったのかと疑いたくなる程穏やかな女だった。
「出しっぱなしのスタンドなんて聞いた事ねーな」
女の隣にあるのはどこにでもあるような銀色の椅子で、それがスタンドであるとは思えない程細工も凝っていて、その場に自然に溶け込んでいる。
しかしそれがスタンドである以上は何をされるか分からない。寸前で女とブチャラティが止めてくれたのは有難い事だったと思いながらアバッキオが口を開く。
「ちょっと制御しきれていないんです。これでも緊張しているので」
女がどういう経緯で、どういう覚悟でこの世界に入って来たのかは知らないが、確かにギャングのチームと顔を合わせるとなれば緊張もするものなのだろう。
それでも穏やかな口調と浮かべたままの微笑に。
読めない女だ、と言うのがアバッキオの最初の感想だった。
「アバッキオとばかりお話していないで僕達ともお喋りしてくださいよ」
現れたままのスタンドについて詳しく聞かせてもらおうとしたその時、横からフーゴが割り込んで来てアバッキオは開きかけた口を閉ざした。
「そーだそーだ!アバッキオばっかりずるいぞ!」
始めてチームに加わった紅一点の存在に興味深々と言った表情のナランチャまでもが身を乗り出してきたので、アバッキオはすっかり気を削がれて深く椅子に座りなおす。
ブチャラティが紅茶を勧めてくれたのでそれに口をつけて女を観察していると、面白がったミスタが「彼氏いるの?」などと下らない質問をしていた。
「残念ですがいませんよ」
くだらない問いに真面目に返事をしている女に、コイツとは絶対気が合わない。とアバッキオは思ったものだった。



アバッキオはこう見えても時間には煩い。と言うか几帳面なところがある。
本棚に本が乱雑に並べてあるのが気に入らないだとか、使いかけのペンとインクが放置してあるのが気になるだとかそう言った事だ。
それが昔の彼の、半ば習慣とも言えるものだとアバッキオ自身気付いていたから、余計にそれがまた気に障る。
兎に角いつも通りの時間にアジトについたアバッキオを出迎えたのは、昨日チームに入ったばかりのだった。
いつもならばブチャラティが出迎える筈であったのに、今日はそこにいたのが彼女だったので、アバッキオは出鼻を挫かれたような気分になる。
「おはようございます。アバッキオ」
何も知らない彼女は柔らかな微笑みを浮かべたまま挨拶をしてきたのだが、それに応えてやる気にはならなかった。
「ブチャラティはどうした?」
昨日の椅子はもう彼女の傍には無いようで、適当な椅子を引き寄せながら問いかける。
「上でメールのチェックをしていますよ。そろそろ降りてくると思います」
挨拶が返って来なかった事を咎めもせずに表情一つ変える事なく、彼女は再び手元の資料に目を落とした。
何をそんなに真剣に読んでいるのかと覗いてみれば、ブチャラティから借りたであろう組織から任されている仕事についてが書かれている資料だった。
チームに入ったばかりの彼女が少しでも早くこの仕事に慣れるようにとブチャラティに頼んだのであろう。
嫌になるくらい真面目なその様子は、アバッキオの昔を思い出させるようで。
彼にもあったのだ。胸に抱いた正義を信じて真面目に、この国の為に働いていた頃が。
結局その正義も薄っぺらいもので、自分がギャングになろうともこの国はなんら変わらないと知ったのだが。
「チッ」
思わずついた舌打ちは、彼女には聞こえていなかったようだった。



終始穏やかな表情と態度を崩す事の無い彼女は、だが仕事となればとても手際が良く、ブチャラティの事も慕っているようだったし、ミスタや他のメンバーともとても上手くやっていた。
まるで非の打ち所のなさそうなその女の存在は、何故か酷くアバッキオの心を掻き乱す。
ことある毎に彼女につっかかるようになったアバッキオはまるで子供のようだったが、それでも彼女は少し困ったような笑みを浮かべるだけで彼を避けるような事はなかったし、他のメンバーに向けるような柔らかな態度を崩す事も無かった。
とことんまで気にくわない女だとアバッキオは思っていたし、他のメンバーも何がそうさせるのかは知らないが、二人の関係がこれ以上良くなる事もないだろうと半ば諦めてもいた。だから。
だから。
アバッキオと彼女が付き合っていると知った時、彼等は声を出す事すら忘れてただただ驚いてしまったのだ。
「…大丈夫なのか?」
ブチャラティだけはそれを薄々感じていたようで、漸く口にしたのはを心配する言葉だった。
あんなに馬が合わなかった二人がまさかそんな関係になっていたとは思わず、ミスタやナランチャは只口をあんぐりと開けているばかり。
「大丈夫ですよ。アバッキオは、とても優しいです」
そういつものように微笑みを浮かべた彼女は微かに幸せそうな表情を浮かべていたから、ブチャラティはそれ以上は口を出そうとは思わなかった。
「ちょっと待って下さい!あのアバッキオが優しい!?アンタ頭大丈夫ですか?アバッキオにいびられすぎて感覚おかしくなっちゃったんじゃないですか!?」
納得行かないと言った様子で声を上げたフーゴに、は苦笑を返す。
確かにそう言われてしまっても仕方が無い程に、二人は合わないように見えたのだろう。
それこそ、天変地異が起こってもこの二人だけは無いだろうと思う程に。
ただ、確かに最近のアバッキオは前に比べて彼女につっかかる事は無くなっていたし、彼が口調を荒げていたとしてもそれは彼女を心配する内容だったと、それに気付いていたのはブチャラティだけだったのだが。
「ぎゃあぎゃあウルセーぞ。何騒いでんだ」
考え直した方がいいですって!とかフーゴが迫っていると、当事者の片割れが姿を見せた。
元々二人の関係を仲間に話す事を了承はしていたのだろう。苦笑を浮かべている彼女と、それぞれに何か言いたそうにしている仲間達の表情に全てを察したアバッキオはまた、舌打ちをしながら椅子に座った。
直ぐにミスタが傍に寄って来て肩を組まれる。
「おいおい、いつの間にそんな事になってたんだよ!ズリィじゃねーかッ!」
でも良く見れば確かに美人だもんな!とかなんとか勝手に盛り上がっているミスタにもう一度舌打ちを。
「やかましいぞ。オメーの手に追える女じゃねぇ」
そう言い放ったアバッキオに、ミスタは何を勘違いしたのか更に興奮したような表情を浮かべる。
「手に追えないって!ってそんなに激しいのかよッ!」
「えッ?何?何がそんなに激しいの?喧嘩でもしたの?」
ミスタの下世話な妄想もナランチャの前では何の意味も無く、無邪気に問いかけてくる彼にアバッキオは深い溜息をついた。
「でもまあ、お前達が仲良くなってくれて良かった」
大人な意見でその場を収めたブチャラティに、もアバッキオもどこかほっとしたような表情を浮かべたのだった。



アバッキオに年上のお姉さん。と言う設定をやってみたくて。
はたしてツンデレアバッキオはいつ甘くなってくれるのか。
20110120