愛しのバンビーノ・2




その日、ボスからの指令で他のチームが壊滅に追い込んだギャングの一つ、その幹部の身柄を彼等は拘束していた。
ブチャラティ達のチームに任されたのは、その幹部から麻薬のルートの全てを聞き出す事と、他のチームがうっかり逃がしてしまったもう一人の幹部の行方を捜す事。
逃げた幹部を追うのはブチャラティ、ミスタ、ナランチャの三人で、フーゴはアジトに残って警戒。そのアジトに軟禁した幹部から麻薬のルートを吐かせる役割がアバッキオとに回された。
もちろん、その時アバッキオが彼女と一緒に仕事をする事に不服そうに眉を顰めたのは言うまでもなかったが、他でもないブチャラティの命令であったから、彼が口を開く事は無かった。
捕らえた幹部の身柄をもう一人が(可能性としてはとても低いものだったが)奪還しに来た場合に備えるフーゴにリストランテを任せ、二人は二階の、男を軟禁している部屋へと向かう。
「アバッキオ、良ければ私に任せてもらえませんか?」
ムーディブルースで男の行動を再生してしまっても構わなかったが、それでは時間もかかるし場所も変えなくてはいけない。他に楽な方法があるのなら、とアバッキオはそれを承諾したが、次いで落とされる言葉に眉を顰める。
「できれば、部屋には私一人で入りたいのですが」
「オレに見られてマズイ事でもすんのか?これはオレとお前に任された仕事だ。そりゃあ聞けねーな」
新入りである彼女を敵と一人にさせる程アバッキオも甘い男ではない。の願いを一蹴すると、彼女は少しだけ困ったように微笑んだ。
「見られてもあまり気分の良いものではないと思いますが…」
そう言いながら男を閉じ込めている部屋の扉を開ければ、そこには手足を拘束された男が床に転がっていて、そしていつの間にか例の椅子がそこにあった。
部屋に入って来た二人を、意地でも口を割るものかと言った表情で睨みつける男の、足の拘束をが解きだすのを、アバッキオは十分に警戒しながら見守る。
「どうぞ、おかけ下さい」
足の拘束を解かれた事で自力で立ち上がれるようになった男を、彼女はその椅子へと促す。
長い間床に転がっていたせいで身体のあちこちが痛くなっていたのが嫌だったのか、椅子に座るくらいならなんともないと思っていたのか、男は変わらず固い表情のまま、それでも大人しく椅子に腰を降ろした。
「お前らに話す事なんて、何にもねーぜ」
そう吐き捨てるように言った男に、は優しい微笑みを浮かべ。
「そうですね。敵である私達とお話なんて、貴方は嫌かも知れませんが」
一度言葉をとぎらせた彼女の声のトーンが僅かに低くなる。
「お話してしまった方が楽になれると思います」
そう言葉を発した彼女の表情はとても暗く沈んでいて、どこか冷酷さと残忍ささえ感じるその顔に、アバッキオの方が目を瞬かせた。
何より、いつだって消すことの無かった笑みが今の彼女からは消えていて、その瞳には冷え冷えとした淀んだ光がぼんやりと浮かんでいる。
見た事もないその表情に、彼女がスタンド能力を発動させたのだとは分かったが、それよりもその表情のあまりの陰鬱さにアバッキオは驚いてしまった。
これがいつも穏やかな彼女と同一人物なのかとすら疑いたくなるようなその光景に、彼女が先程『見ていて気持ちのいいものではない』と言っていた理由を知る。
男の方はと言えば、外見的には何も変わりがないようだったが、何故か額には大粒の汗を滴らせ、僅かに身体を小さく震えさせていた。
浮かぶ汗が冷や汗であるのは直ぐに分かった。全身の血の気が引いてしまっているのか唇も微かに青くなっているし、その歯は小さく音すら立て始めている。
「貴方が知っている麻薬のルートをお聞かせ下さい。購入ルート、売買ルート、その全てをです」
もう一度、言い聞かせるように男の耳元で言い、その手は優しく肩を撫でる。
「苦しいでしょう?怖いでしょう?」
淡々と語りかける彼女の言葉が届いているのかいないのか、男の口からは小さな呻き声が漏れ始めた。
「お話してしまえば直ぐに楽になれます」
駄目押しとばかりに囁かれた言葉に、男は次の瞬間口を開き、彼が知りうる限りの麻薬の流れをあっさりと吐き出した。
メモを取るような事はアバッキオはしなかった。内容を忘れてしまったらそれこそ今のこの男の状態をリプレイすればいいだけの話。
結局アバッキオは何もする事無く、実にあっさりと任務は完了してしまった。
必要な事を全て聞き出してしまった彼女はやんわりと男に椅子から立ち上がる事を勧め、男はそれに逆らう事も無く椅子から腰を上げると怯えるようにそこから離れ部屋の隅で縮こまって震え続けている。
最早男はその椅子に近付きたいとも思わないのだろう。椅子を残したまま部屋を出たの後に続いたアバッキオは、部屋の鍵をかけながら漸く口を開いた。
「精神に介入するタイプのスタンドか?随分とえげつないな」
その椅子に腰掛け彼女の言葉をいくつか聞いただけで男が震えだした事を考えると、彼女のスタンドが相手の精神に何がしかの影響を与えている事は直ぐに分かる。
確かに尋問や拷問にはうってつけのスタンドなのだろうが、何分普段の彼女を見ているとそんなスタンドを持っている事自体が予想外で、アバッキオは意外そうに言った。
「あまり気持ちの良いものではなかったでしょう?」
そう小さく笑った彼女の顔はまだ少しだけ強張っていた。
「少し、休ませていただいてもいいですか?」
スタンドは精神の力だ。他人の精神に干渉するそのスタンドは使う度に少々の疲労を伴うようで、傍目にも分かる程青い顔をした彼女が申し訳なさそうに言う。
ブチャラティからの任務は終わってしまったし他にやる事もなかったので、彼女が少し休憩を取るくらいは構わないだろうと判断して、仮眠室へと案内してやった。



はどうしたんです?」
上階から一人で戻って来たアバッキオの姿に、フーゴが声をかけた。
「上で休んでる。ブチャラティからの任務は終わったぜ」
簡潔な答えを返したアバッキオはそのままその足で厨房へと姿を消し、やや暫くしてからマグカップを一つ持って戻って来た。
そのカップからは湯気が立ち上り、微かに香ってくる甘い香りに中身がホットチョコレートである事を知る。
「彼女、具合でも悪いんですか?」
「ちょっと疲れただけだ」
「スタンドを使ったんですか?」
ああ、と一言だけ頷いて再び二階へと上がって行ったアバッキオの後姿を、フーゴは珍しいものを見たとでも言うような表情で見送った。
アバッキオが仮眠室に行ってみると、彼女はベッドに横にはなっていたが意識はあるようで、部屋に入って来たアバッキオを見て体を起こす。
「いいから寝てろッ!」
ついつい荒い口調になるのは照れ隠しだと、は分かっていたから苦笑を浮かべただけで特には何も言わない。
「落ち着いたらコレ飲んで下に来い」
ぶっきらぼうに言い捨てて、サイドテーブルにカップを置いて部屋を出て行こうとするアバッキオに、は笑みを向けた。
「ありがとうございます。アバッキオ」
決して相容れる事がないだろうと思っていた彼が、こうして自分の調子を気遣ってホットチョコレートなどを持って来てくれた事が単純に嬉しくて彼女は笑みを浮かべるのだが、アバッキオはフン、と鼻を鳴らしただけだ。
それでも。
きっと彼とも上手くやっていけると、には確信にも似た思いがあった。



安定のツンッキオ。早くデレッキオになればいいのに。
20120521