己の力など世界からしてみればちっぽけなもの。
それでも上手く生きていく為には、頭を使うしかなかった。
非力な私の精一杯の世界への抵抗。



Bad Romance 1




別に世の中を紗に構えているワケではないが、大きな組織には大なり小なりの暗い部分があるものだと、女は思っていた。
だから、例えば目の前で己の社長である男が干からびたミイラのようになって地面に叩きつけられた時もさしてその表情を変える事もなかった。
「てめェの上司が殺されたってのに随分と落ち着いてやがるな」
手を下した男の事は良く知っている。と言っても彼が有名人なのでその事を知っているだけで、彼の性格や思考を理解していると言う意味ではない。
それでも別段彼の事を怖いだとは恐ろしいだとかは思わなかった。何となく、彼は自分を殺しはしないだろうと思った。
「前々から忠告はしておりましたので。このようなやり方をしていればいつかサー・クロコダイルの目につくと」
そう応えれば黒いコートを羽織ったその男は面白そうに「クハハ」と笑い声を上げた。
サー・クロコダイル、それがこの男の名だ。
アラバスタを海賊から守る英雄と呼ばれカジノの経営者も勤めるこの男は、裏ではなんとかと言う組織を操り色々と画策しているらしいと言う噂は彼女の耳にも届いていた。
蛇の道は蛇。己が所属している組織もそれなりに暗い部分を持っていた為その事を知っていただけの事。
「面白ェ女だ。名は?」
尋ねられて素直に短く名前だけを告げるとその細首に鈍く光る鉤爪が引っ掛けられる。
「気に入ったぜ。この組織は表向きB・Wに吸収合併させろ。できるな?」
トップを殺し、その全てを何事もなかったかのように穏便にB・Wのものとしろと告げられたが、それすらも当たり前のように彼女は受け入れた。
「解りましたサー。全てそのように手続き致します」
そう答えれば男はもう一度笑い、そして言った。
「てめェはおれの秘書として使ってやる」
拒否権は無い。ただ黙って頷いた彼女に、クロコダイルは満足そうな笑みを浮かべた。



僅か数日のうちに彼女は元の会社の権限や資産の所有者等をB・Wのものへと書き替え、社長が変わっただけと言う事実を作り上げて全てをクロコダイルへと委ねた。
それに際して反発の態度を見せた何人かの重役は、全てクロコダイルの手によって始末されている。
そして彼女自身もカジノ「レインディナーズ」にある隠されたB・Wの本社へと赴いたのである。
「彼から話は聞いているわ。貴女が新しい秘書さんね」
そう言って出迎えてくれたのは黒髪の美女で、彼女は副社長という立場にあるのだと言われ、は丁寧に挨拶をした。
「フフッ。聞いていた通り有能そう」
そう微笑んだ彼女は名をニコ・ロビンと言った。彼女に案内されて社長室に足を踏み入れる。
「来たか」
豪奢なデスクに腰をかけて(腰をかけるべき場所が間違っている、とは思ったがもちろんそれを口にはしなかった)、何やら書類を捲っていたクロコダイルは口に葉巻を銜えたまま彼女の方を見ずに言う。
「これからお世話になります、社長」
「挨拶はいい。必要な書類を寄越せ」
忙しいのか手元の書類から顔を上げようともしない彼に、は別段なんの不満も抱くことは無く、言われた通りに書類を取り出して渡した。
それはもちろん、彼女が元居た組織の権利書などで、全ての所有者や代表者名がクロコダイルの名に書き換えられたものだった。
「仕事が早いな。使えるじゃねェか」
素早いながらも全ての書類に目を通したクロコダイルは満足気に笑みを浮かべてそれをデスクの引き出しに仕舞い込む。
「恐れ入ります」
軽く頭を下げてから顔を上げると、直ぐ傍にクロコダイルが立っていて、その気配に気付かなかったは僅かに驚いた。
その僅かな反応を見逃さなかったクロコダイルが尋ねる。
「一応聞くが、てめェ戦闘経験は?」
「殆どありません。私が不要でしたら始末して頂いても構いません」
淡々とそう告げる彼女を面白そうに見やると、クロコダイルはおもむろにその生身の右手を彼女の腹と太腿に滑らせた。
「!!」
突然に身体を触られ、さすがの彼女もうろたえる。
「その割にはそれなりに筋肉がついているみてェだが?」
適度に引き締まった程度。その程度だがそれを見破ったクロコダイルに、底の知れぬ男だと唇を震わせた。
「自分の身を守る程度です。実戦ではお役に立てないかと…」
冷静に厳しく己の能力を分析する彼女に、クロコダイルは笑みを浮かべた。思ったよりも良い拾い物をしたようだ。
前々から耳にしていた彼女の聡明さは、ただ捨てるには惜しい。
「まぁいいさ。てめェは使える。精々始末されねェようにしっかり働きやがれ」
そうしてはその日からB・Wの一員としてクロコダイルに付き従う事となったのである。



20100824