辛い日々にArrivederciを。
私はきっと、幸せになって見せるから。



彼等が残した たくさんの Grazieを




もう何年も経ったように思う。
長い・・・長い、戦いと逃亡に満ちた日々。
誇りと、正義の為の戦い。



始めはアバッキオだった。
アバッキオともあろう者が、何故こんな事になってしまったのか、には分からなかった。
ただ、人は予想外の出来事に直面した時呆然とするしかないのだと知った。
は泣くのも忘れてただただ呆然としていた。
二番目はナランチャ。
彼のそれも、あまりに突然でそしてあっけなかった。
けれどは、『全部片付いたら学校に行くのもいいかもしれない』そう無邪気に笑っていたナランチャを思って泣きに泣いた。
そして最後はブチャラティ。
ボスを裏切り、トリッシュを助けて時計台を去った時から彼の様子はおかしかった。
ジョルノの能力とブチャラティ自身の意思が、彼の命をこの世に留めていたのだろう。
もしかしたらとは思っていた。
頭ではそうかも知れないと思っていながら、それでもコロッセオで冷たくなっている彼の身体を見つけた時、は静かに泣いた。




声をかけられて振り返ると、そこにはジョルノが立っていた。
ゆっくり帰りたいからコンパートメントで帰ろうと提案したミスタに同意して、四人と一匹(ポルナレフ)は個室つきの列車に乗り込んでいた。
今、列車はゆっくりとローマを発とうとしている。
思い出…と言うには苦すぎる、様々な思いの残るローマをもう一度だけ見ておきたくて、彼女は列車の最後尾に来ていた。
「ジョルノ…」
一度だけ振り返ってジョルノの姿を認めると、また窓の外に視線を戻す。
「…終わったのね。何もかも」
「ええ。全て終わったんです」
応えたジョルノもつい、と窓の外のローマの街を眺めやる。
今回の旅で多くの仲間を失ってしまった。
失くす事など無いと信じていた仲間達を。
「…ジョルノ。貴方は不思議な人ね。そして凄い人ね。貴方が私達のチームに入ってきてから、私達の運命は大きく回り始めた…」
「僕を…恨んでいますか?」
は遠くローマの景色を瞳に映して暫く黙っていたが、やがて口を開いた。
「恨んではいないわ。確かに貴方が来なかったら、ブチャラティもアバッキオもナランチャもあんな風に死んでいかなかったと思う。だけど…貴方がいたから彼等は誇りを持って正義の為に死んでいけた。私は戦う事が出来た。…私はそう思う」
彼女のその言葉に、ジョルノは救われたような気持になって小さく息を吐いた。
「ありがとうございます」
軽くお辞儀をしてその場を去ろうとした彼は、ふと何かを思い出して立ち止まると彼女を振り返って言った。
「忘れるところでした。、ブチャラティから貴方に最後の伝言です。『ミスタに幸せにしてもらえ。彼なら必ず君を幸せにしてくれる』…だそうですよ」
その言葉に、は微かに頬を染めると笑った。
「ありがとう、ジョルノ…ブチャラティ…」



ジョルノが去ってから、十数分程だろうか。彼女のところにまた客が訪れた。
「こんな所にいたのかよ!随分探したぜ!」
聞きなれた賑やかな声には背後を振り返る。
「ジョルノに私の居場所でも聞いたの?」
そう言われてミスタは少しだけ驚き、そして慌てる。
「げっ!ジョルノのヤローもここに来たのかよ?お前何もされなかったか?何かヘンな事言われなかったか?」
「『ヘンな事』って何よ」
クスクスと笑ってみせると、ミスタはホッと安堵の溜息をついた。
「…一人で泣いてるんじゃねぇかと思ったぜ」
「あら、心配してくれたの?」
軽くからかわれてミスタはムキになる。
「お、俺がお前の心配しちゃいけないのかよ!?俺はなぁ…!お…れは…」
段々と小さくなっていくミスタの声。
肝心なところで煮え切らないこの男に、本当に幸せにしてもらえるのかしらとこっそり苦笑した。
「…最初のメンバーも俺とお前だけになっちまったな」
そう言ってミスタも遠ざかるローマの街を眺めやった。
「そうね…」
視線を窓の外に戻しては答える。
「ネアポリスに戻ったら、お前はどうするんだ?」
彼女に伝えたい気持ちがあるにも関わらず、ミスタの口から出てきたのは当たり障りの無い台詞。
「まだ何も考えてないわ。とりあえず、美味しいパスタが食べたいけれど」
応えて「ミスタは?」と訊き返す。
「俺か?…俺は今度はジョルノについていく事に決めたぜ。アイツはスゲェ奴だよ。これから組織をボスに代わってまとめていくつもりだ。俺はもうどっちにしろこの世界でしか生きていけねぇもんな。俺はジョルノの事ブチャラティと同じくらいに認めてるんだ」
饒舌に語るミスタに、は微笑みかける。
「ブチャラティもきっと喜んでくれるよね」
「ああ、そう信じてる」
力強く頷くミスタに僅かの間、見とれ、そしてやはり彼のそんなところが好きなのだと再認識する。
感情豊かで多少血の気の多い所もあるが、一途で純粋な男。
払った犠牲は大きすぎる程大きかったが、彼だけでも生き残ってくれたお陰では大いに救われていた。
そして思う。これからも彼と共にいたい、と。
「ねぇミスタ…」
なかなか欲しい言葉をくれないミスタに業を煮やした彼女が口を開きかけたその時、ミスタは勢いよくを振り向いた。
「いや待て!待ってくれ!俺に言わせてくれ!」
お互い相手の気持ちに気付いていながら今まで口に出来なかったその言葉。
けれどやはり、こういう事は男の口から言うのがセオリーってもんだろ、と妙な男気を見せたミスタが彼女の言葉を遮る。
は期待の眼差しでミスタを見つめ、見つめられたミスタはやっぱり言葉に詰まる。
それでも、ミスタは一度深呼吸をすると、今まで溜め込んでいた想いを声にした。

「…好きだ、。これからもずっと一緒にいてくれ」

ミスタの言葉に彼女は満面の笑みを浮かべて頷いた。
久し振りに見た気がする、彼女のその笑顔。もう、そこには何処にも悲しみの影は無い。
彼等は生き残った者として、去って行った者達から受け継いだものを愛し、守っていくと決めた。
「Arrivederci…ね、ローマ」
もう遠くに小さくなったローマの街を見つめて呟く。
「ああ、Arrivederciだな」
彼女の隣でミスタも頷いた。





これから先、組織はジョルノの力で生まれ変わるだろう。
そしてミスタは彼の側で彼の力になるだろう。
そして、そんなミスタの傍にはずっと彼女がいるだろう。
去って行った者達が残してくれた、素敵な街で、素敵な人を愛しながら…。



20100617加筆修正