私の全ては貴方のもの。
おれの全てはお前のもの。
何度だって確かめ合って。



I am yours.




普段は外輪船で帰還する0番隊が、今日は珍しく自力で帰還した。つまり、悪魔の身の能力を使って帰ってきたと言う事なのだが。
幻獣種の力を多く擁しているその一行がその能力で帰ってくる様はどこからどうみても百鬼夜行でしかないと、出迎えに出ていたマルコは苦笑いを浮かべた。
先頭を切っている真紅の鹿にも似た獣の背には一人の少女が乗っていた。見た事の無いその顔に、マルコは彼女が新入りを連れて来たのだと知る。
甲板に降り立った彼女達は次々とその姿を普段の人型に戻し、麒麟の背から少女もその身を甲板へと預ければ。
「すみません、隊長に乗せてもらうなんて」
「ああ、気にしないで。あの姿だったら女の子一人くらいなんて事ないから」
麒麟から人型へと姿を戻した自隊長の背に乗せられてきた少女はまだ初々しさが抜けきらず、その背に乗せてもらう事にすら遠慮を感じて頭を下げた。
まだ十代であろうその姿に、初めてと出会った頃を思い出しながらマルコは声を掛ける。
「おかえり。
その手がやんわりと頬を撫でた。
あの日――彼女がその頭に触れられるのを厭う理由を知った日。そしてその想いを知った日――以来頭を撫でる事を極力避けるようになったマルコは彼女に触れる時はこうして頬を撫でるようになった。
唯一触れてくれた手が無くなってしまったのを僅かに寂しく思いながらも、変わらず優しく触れられる手に思わず瞳を閉じて酔い痴れる。
「冷てェな」
「冬島から来たからね。マルコの手は暖かい」
頬に触れる手を捕らえてその温もりを確かめる彼女が、知らず纏った甘い空気の意味を悟った少女は顔を赤くした。
「あ、ああ、ごめん。紹介が遅れたね」
思わず二人だけの世界に浸りかけたが苦笑いを浮かべて少女を紹介する。
その冬島で彼女の目に留まってスカウトしてきたのだと言う少女にマルコも己の名を告げた。
「オヤジは?」
「今定期健診の最中だ。報告ならもう少し後がいい」
あと僅かで終わるだろうと言われ、彼女はそのまま甲板で待つ事にした。
土産を配り始めた隊員達の周りにクルー達が集まってくれば、当然少女の姿も目について新しい仲間に次々と歓迎の言葉を掛けられてはご丁寧に頭を下げている少女を見つめながらは船縁に肘をかけて寄りかかった。
「随分と若いの連れてきたなァ」
マルコがそう言えばがニヤリと笑う。
「気に入った?やっぱり男は若い子の方が気になる?」
珍しく彼女がマルコに向かって意地の悪い言い方をすれば、その隣に同じように寄りかかりながらマルコは鼻を鳴らす。
「若けりゃいいってモンじゃねェよい」
その言い方がいかにもマルコらしいと小さく笑うと、どたばたと騒がしい足音と共に元気な声が聞こえた。
「帰ってきてたのか!さん!」
駆け寄ってくるその姿にマルコの表情が微かに険しくなった。
エースが初めて彼女と顔を合わせた時の事を思い出したのだろう。
それが本気だったのかちょっとした冗談だったのかはわからないが、エースが彼女にちょっかいを出していたのは記憶に新しい。
だがエースは駆けて来た勢いもそのままに、0番隊が土産を配っている方へと去って行ってしまった。
まさか土産の一つとして持ち帰ってきた菓子の匂いでも嗅ぎ付けたわけではあるまいと思うが、食い盛りのエースの事だから分からない。
「元気ね」
何か美味そうな匂いがする!と土産の山に飛びつくエースの後姿を眺めていると横から低い声が聞こえた。
「お前こそ、若い男の方がいいんじゃねェのかい?」
もう五年以上も共にいる男の口から今更そんな話が飛び出してくるとは思わず、は目を丸くしてマルコを見やる。
「それこそまさかでしょう。私とエースだって10近くは歳が離れているのに」
「それはおれとお前だって同じだろうよい」
今日のマルコはやけに突っかかる。
こんな彼は珍しかったが、滅多に見れないその嫉妬心にはついつい笑みを零した。
「私にはマルコがいいのよ」
言いながら二人の間にある距離を縮めて船縁に掛けられた腕に触れる。
「アタシの手綱を捌けるのはマルコぐらいのものでしょう?」
かつて『じゃじゃ馬』と呼ばれていた頃の事を思わせる口ぶりで上目遣いに彼の顔を覗き込む。
確かに昔から彼女の傍に誰よりもいた男は自分だろうと思う。それをいい事に彼女を自分のモノにしたのも、色々と教え込んだのも確かだ。
だが。
「そんな仕草、教えた覚えはねェよい」
媚びるような表情で彼のご機嫌を伺うような真似はいつの間に身につけたのか。
「それは、ねェ?私だって大人になったもの」
それが心配なのだ。マルコと違って幾度も陸へと向かう彼女がいつか他の男に興味を持ってしまうのではないだろうかと。
まだ彼女がマルコのものになる前。あの頃だって任務から帰ってくる度に大人びて帰ってくる彼女に。それが彼女の仲間達の仕業だとしても、やきもきしていたのだから。
最近ではそんな風に気を揉む事は少なくなったのだが、たまにこうしてもやもやとした感情にマルコは襲われる。
「マルコ」
急に黙り込んだマルコを、の真剣な瞳が捉えた。
「マルコ、好きよ」
こう言う時の彼女はその言葉を惜しげもなく、なんの躊躇いも無く放って来る。
離れている事が多い分、不安になる気持ちは良く分かるから。
「私は全部、マルコのものよ」
マルコが小さく息を吐く。
「敵わねェな、お前には」
「それはこっちの台詞よ」
にこりと笑みを浮かべたは昔からマルコに頭が上がった事などないと言い張る。
マルコがそんな彼女に実は甘いと言う事に気付けないのは、経験の差だろう。
だがそれでいい、とマルコは思う。少しくらいは年上としての余裕を持たせて欲しい。
自分の腕に触れているその手を掴んで彼女の身体を引き寄せ、引き寄せられるままに身体を預けてきた彼女を抱き込めば。
「いちゃつくんなら他所でやれよなー!」
エースの声が上がってお陰様でクルー達の目が二人へと注がれる。
「お前が黙ってりゃあキスの一つもできたのによい」
口角を上げて笑みを浮かべるマルコには苦笑し、エースは「このエロオヤジ!」と声を上げた。
クルーや0番隊の女達が笑い声を上げる中、マルコはあっさりとその身を解放するともうオヤジの検診も終わったのではないかと船室へ脚を向ける。
「おいで、オヤジに会わせてあげる」
彼女に呼ばれた新しく白ひげの娘となる少女の顔が真っ赤なのを見て、は小さく肩を揺らしながらその後を追った。



この二人は必要以上にみんなの前でいちゃいちゃはしないけれど、したいと思ったら別に我慢はしない。
ヒロインの一人称が「あたし」から「私」に変化しているのはマルコの教育(笑)とヒロインの微妙な乙女心だったりします。
20101028