どこまでも続く青が、大好きだった。
下を見れば海の青。上を見れば空の青。
青の世界が私の全てだった。



海の上は自由だ。
小さい頃から何故か無償に海が好きだった。大きくなったら海に出ようと心に決めていた。
海は優しくない事も知っていた。自由を得る為には力が必要な事も知っていた。
だから彼女は強くもなったし、荒れる海にも負ける事は無かった。
気付けば『無法者』のレッテルを貼られ政府や賞金稼ぎから追われる毎日。
いい加減うんざりしていたところを有り難い事に『白ひげ』に拾われる事となった。
『白ひげ』と言えばゴールド・ロジャー亡き今、最強と呼ばれる海賊。その傘下にあれば政府も賞金稼ぎもおいそれとは手を出してこない。
始めこそいらぬ手間が省けて楽チンだ、程度にしか思っていなかったが、気付けばいつしか白ひげ海賊団を形成する全てに惚れこんでいた。
欲しい物が家族で仲間は全員息子だと公言するオヤジと、本当に海賊なのかと思う程お人よしで優しくて暖かい仲間達と。
海が大好きな彼女にとって、海の上で家族を得られるなんて本当に素敵な事だった。海に生きる彼らが彼女の家族で、家で、全てになった。



そんな彼女だから海のように青い、彼の姿に。
青い不死鳥の姿に、惹かれないはずがなかったのだ。
初めて見た時はただただ、その色に見惚れた。
それから海の上、宙を自由に舞う姿に憧れた。
気付けばいつしか青を纏っていない時の彼の姿すら目で追い始めていた。
その気持ちを自覚してしまえばあとは早い。津波に飲み込まれるよりも早く、彼女は彼への慕情に引き摺られていった。
海で生きるようになってからそれは初めての恋で、彼女は大いに戸惑った。
何しろ相手は家族として毎日一緒に生活している男で、しかも1番隊の隊長ともあろう男。加えて相手も自分も海賊。
前途のなさそうな恋を、彼女は諦める事も出来なかったがそれ以上先に進む事もできなかった。
それでも目線は彼を追う。
言葉を交わせれば一日気分が盛り上がったし、姿すら見えない日にはどっぷりと沈んだ。
海のクズとも海の荒くれ者とも呼ばれる海賊がなんと可愛らしいものかと自嘲する。
「なに溜息なんかついてんだよい」
思わず零れた溜息に反応があるとは思わず、は内心飛び上がりながら振り返った。
間違えようも無い口調からそこにいるのが誰であるのかはわかっていたが、改めてその姿を視界に捉えると、途端に心臓が騒ぎ始める。
「マルコ」
偵察にでも行ってきたのだろうか、青い炎を身体のところどころに残しながら人型に戻るマルコの姿から目が離せなかった。
(やっぱり、綺麗…)
何度でも目を奪われる。
「お前は本当におれの青が好きだない」
彼女が呆けたような瞳で己の炎に見惚れるのもすっかり慣れてしまったマルコが苦笑いを浮かべながら言う。
が目を奪われるのは最早その青だけではないが、それはもちろん彼に知られるわけにはいかない。
「戦いの最中には呆けるんじゃねェよい。そろそろ来るぞ」
そう指し示された方向を見れば敵船の陰が確認でき、向こうはやる気満々だとマルコに告げられ、は頭から彼の事をなんとか追いやった。



当前のように今日も大勝利。敵船からたくさんの物資も頂いて、お陰様で甲板で大宴会。
踊ったり歌ったりと陽気な仲間達の輪から少し離れたところではお皿に乗せられたフルーツを摘んでいた。
何故か隣にはサッチが腰を降ろしていて、彼女の皿から時折葡萄の粒を奪っていく。
「お前、本当にマルコの事好きな」
不意に言われて、視線が彼の姿を追っていた事に気付いた。
彼は賑やかな輪からやはり外れて、彼女達と正反対くらいのところでビスタやイゾウといった他の隊長達と静かにジョッキを傾けている。
時々楽しそうに笑みを浮かべる、その笑顔も彼女の心を掻き乱す。
マルコの事を想うだけでどくどくと脈打つ心臓の音が隣にいる男に聞こえてしまうのではないかと、膝を抱えて身体を縮こませた。
「告白しねーのか?」
その言葉に単純に口が反応するように、するりと声が零れた。
「好き」
「本人に言えよ」
ジョッキを傾けながらサッチが肩を揺らす。
「うるさい、言えたら苦労してない」
ギロリ、と隣の男を睨みつける。
「おっかねェなァ。そんな顔してたらフられちまうぜ」
「…バカ。サッチのバカ」
冗談でもそんな事言って欲しくなくて。冗談だと解っているのに声が震えた。
まだその気持ちすら彼には告げてもいないし気付かせてもいないのに。けれどその気持ちを伝えたところでどうしたって良い結果は想像できなくて。
何もしていなくとも見える終わりを思うと胸が震えた。
そうしてじわり、と視界が揺らぎ。
「わ!泣くなって!悪かった!おれが悪かったから泣くな!」
さすがのサッチも女の涙には勝てる気がしない。控え目に零れた涙にすら大いにうろたえ、膝立ちになって彼女の背を撫でて宥める。
その時に。
「なに泣かしてんだよい」
不意に聞こえた声にサッチは誤魔化すように引き攣った笑みを浮かべ、は息が止まったような感覚に陥り、抱えた膝に更に顔を埋めた。
「あまりを苛めてやんなよい」
「苛めたわけじゃ…あるか」
それを苛めとは言わないだろうが自分の言葉で彼女が泣いてしまったのは事実。
うっかりそう言うと呆れたような表情を浮かべていたマルコの眉が潜められた。
「ホントに苛めてたのかよい!」
容赦の無い蹴りが尻に叩き込まれ、「いってェ!!」と声を上げてサッチは飛び上がった。
「そんなつもりはねェんだって!」
痛む尻をさすりながらサッチは逃げ出す。
彼女がこうして揺らぐ理由はむしろお前だ。とサッチは言いたかったが、余計な事を言ってこれ以上蹴られるような真似はしたくない。
「ったく…」
彼女をさり気なくマルコに押し付けて逃げていったサッチに溜息をついて、を見やる。
顔をあげろ、と言われてその通りにマルコを見上げれば優しく涙を拭われて心が震える。
「どうしたい。サッチになにされた?」
「別に、サッチに何かされたわけじゃ、ないの」
彼の言葉に揺らいだ事は事実だが、それだけじゃないのは彼女自身が一番良く分かっている。
この涙の訳を、告げられれば楽になるのだろうか。
そうする事によって訪れる未来が例え切ないものになったとしても、この胸の苦しみからは逃れられるだろうか。
押し潰されるような胸の圧迫感に耐え切れず、手を伸ばしてマルコのシャツに縋り付く。
「あたし、マルコの事を思うと、息が上手くできない」
ぎり、とシャツを掴んだその手に力が篭る。
「海に沈んだみたいに、胸が苦しい…」
この胸を引き裂いて、このうるさい心臓を引き摺り出して、この海に投げ込んでしまいたい。
その青にこの心を沈めてしまえば、満足できるだろうか。
オヤジの誇りを抱いたその胸に顔を埋め、唇を噛んで漏れそうになる嗚咽と再び溢れそうになる涙を堪えた。
こんな事で海賊が、白ひげの娘ともあろう自分が泣くなんて柄にもないと必死に堪えた。
「溺れちまえよい。どこまでも、な」
頭上から落ちてきた思いも寄らぬ言葉に彼を見上げる。驚きの余り零れかけていた涙は引っ込んでしまった。
「そ、れってどういう意味…」
溺れていいと言われてその真意を探るも、どうしたって信じられない答えにしか辿り着かず。
あまりにも自分に都合の良過ぎるその答えを、はすんなりと受け入れられなかった。
「さあなァ。お前の好きなように考えろい」
意地の悪い笑みを浮かべる、そんなマルコも好きで好きで仕方が無い。
「そんなの、ずるい」
「それが海賊だろい」
するりと腰に腕が回ってきた。宥めるように肩を抱いていた手はそっと頬に添えられて。
「マ、ル…」
その唇は途中でマルコのそれに塞がれてしまい、結局最後まで名を呼ばせてはもらえなかった。
優しく重ねられた唇が、そっとの下唇を食んで離れて行く。
「どうする?今ならまだ、這い上がれるかも知れねェよい」
ニヤリと弧を描く唇が今まで自分の唇と触れ合っていたなんて、信じられなかった。
けれど意外にも柔らかかったその感覚は消えない。
「もう、手遅れだわ」
そう告げてその首に腕を絡ませれば、先程よりも情熱的なキスが降ってくる。



It sinks in blue.




、おれに溺れてくれるかい?」
それを拒否する事など、どうして出来ようか。



マルコ誕生日おめでとう企画へ提出したものです。
掲載許可日を超えましたので掲載いたします。
20101015