怒った顔も堪んねェんだよな、なんて。
本気で怒られそうだから言わねェけど。
突き出される唇とか、やっぱり堪んねェ!



机下の攻防




甲板から船室に入り、食堂を覗けばそこにはの姿があった。
久し振りにその姿を目にすれば、愛しいと言う思いが込み上げてきて、これはマルコの事を言えたもんじゃないなと思う。
「よう、お疲れさん」
「あら、サッチ隊長。お久し振り」
声を掛けながらその向かいに腰を降ろせば、コーヒーを啜っていた顔を上げておれをその瞳に映す。
長い睫に縁取られた大きな瞳がおれだけを映している時が、堪らなく好きだった。
人前では他人行儀に必ず『隊長』とつけてくるのはコイツなりの照れ隠し。
女豹だとか魔性の女だとか思われがちなコイツにも意外と可愛いとこがあるって事は、おれだけが知っていればいい。
久し振りに会えたに、自分でも気持ちがアホみたいに浮かれて行くのが分かる。
ああ、今夜はどうやって可愛がってやろう。なんて本人を目の前に不埒な事を考えていると、おれがそんな事を考えているとは微塵も思っていないがにっこりと笑んだ。
「そう言えばさっき、甲板でうちの隊長に抱きついていたみたいだけど」
その笑顔からは想像もしていなかった思わぬ発言に体中の血がサッと引いていくのを感じる。
もちろん本気でやったわけではなく、あのじゃじゃ馬とマルコのヤツをからかってやろうと思っただけだったのだが、まさかそれをコイツに見られているとは思ってもいなかった。
軽率すぎる自分の行動を悔やんだがもう遅い。
ガツ、とテーブルの下でおれの足が踏まれた。
さり気なくヒールを突き立てて、これは半ば本気だ。ちょっと…いや、結構痛い。
「ちょ、ちょっとした冗談だって!からかってやっただけだ!おれがお前以外の女なんて好きになるはずねェじゃねェか!」
ここが食堂で回りの目があるからかはあくまでも笑顔で、おれも声を少し上げたものの表面上は平静を保ったまま弁解する。
傍から見ればおれ達が言い争いをしているようには見えないだろう。
だがテーブルの下ではおれの足を踏みつけているヒールがぐり、と動かされて。
頼む、手加減してくれ。ピンヒールはマジで痛ェ。もう、おれ、声も出ねェ。
「うちの隊長苛めないでよね」
そっちかよ!
そう言えばコイツは元々ナースで、初めてがこの船に来た時からずっとその面倒を見ていたから随分と仲が良いのだ。
の下についた今だって命令は聞いているものの、任務を離れればまるで妹みたいに可愛がっている。
その気持ちは分かる。おれだってあのじゃじゃ馬は妹みたいに可愛いと思ってるんだ。
だけど、嫉妬じゃなくてアイツを苛めていたからと言う理由で足を踏みつけられているおれは、ちょっと泣いてもいいだろうか?
「機嫌直せよ?な?何でも欲しい物やるからよ」
言いながらヒールの下からなんとか足を引き抜いて、再び踏まれる前に両膝で彼女の膝を挟み込んだ。
その怒りを宥めるように、そして少しだけ『欲』を込めて膝を合わせてやれば表情が柔らかくなって行くのが分かる。
なんだかんだ言ったってこいつはおれには優しいし、おれにだけはその全てを許してくれるから。
おれはコイツを手放せない。
「そうね、キスしてくれたら許してあげるわ」
唇が弧を描き、熱っぽい視線が向けられた。
「ここでか?」
「ここでよ」
イヤならいいのよ、と顔を背けて色っぽい唇を尖らせる。
「敵わねェな、お前にはよ」
そう笑いながら手を伸ばして彼女の頬に触れてこちらを向かせる。
身を乗り出してその唇にキスを落としてやれば回りのクルー達がヒューと口を鳴らした。
「隊長ー!イチャつくんなら他所でやってくださいよ!」
そんな声が聞こえたが勘弁しろよ。
野郎共と目の前の女、どっちのご機嫌が大切かなんて、言うまでもねェだろう?



20101023