まさか自分に、こんな思考回路があるとは思わなかった。
『じゃじゃ馬』も随分と可愛らしくなったものだ。
貴方に、愛を込めて、贈り物なんて!



本日モ快晴也。乙女前線ハ発達中。




「うーん…」
思わず声が漏れてしまった。膝の上に置いた包みを眺めて、小さく溜息をつく。
贈り物なんて。まさかこの自分が贈り物なんて。
この乙女チックな状況はなんなのだ。
だけど。
この青い、そう彼の不死鳥の姿のように綺麗な青の帯飾りは、彼に良く似合うんじゃないかと。
そう思ったらついつい、それを購入していた。ログを溜める為にたった数時間、立ち寄った島での出来事だった。
少しばかりごつい作りのそれはどう見ても男物で、そんな物を購入しようとした彼女を見てお店のお姉さんは気を回し、丁寧に包もうとしてくれたのをなんとか簡易な包装に留めてもらった。
「ううん…」
再度零れた溜息に、隣にいたハルタが顔を顰めた。
うっとおしい」
ハルタはと同じ頃にこの船にやってきた。そして彼女よりも若い。故に、容赦が無い。
「マルコにあげようと思って買ったんだろう?だったらさっさとあげてくればいいじゃないか」
それができれば苦労しない。欲しい物があれば奪うが基本の海賊が、わざわざ仲間に贈り物だなんて面白すぎる。
ましてやそれが陸で暢気に暮らす恋人達のように女から男への贈り物だなんて。この『じゃじゃ馬』が!
膝の上に放置されたままの包みを眺めて一人で百面相をしている彼女に、ハルタはいい加減うんざりしていた。
「普段お世話になってるお礼とかなんとか、なんとでも言えるだろ!?」
さっさとこの場から立ち去って欲しくて投げやりな助言をしてやると、彼女ははっと顔を上げて尊敬の眼差しでハルタを見やった。
「ハルタって頭いいね!」
って頭悪いね!」
心底馬鹿にした表情で彼女を見やったが、本人は全く気にもならなかったようで、良い口実をもらったとばかりに駆け出していた。
「プレゼントついでにさっさと告白しちゃえばいいのに」
二人の気持ちが互いに向かっているのを知っているからさっさとくっついてしまえばいいのにとは思うがその架け橋をしてやらないのは、ただ単純に『面倒臭い』から。それだけだ。
「まぁぼくには関係ないけどね!」
言い捨てながらハルタは甲板に並べてある木箱の上に寝転がった。見上げた空は雲一つなく、青く澄み切っている。



彼の部屋に向かう途中で食堂や倉庫なども覗いたがどこにもその姿は無かったので、やはり部屋にいるのだろうとマルコの部屋の戸を叩いた。
少しだけ戸が開き、そこから顔を覗かせたマルコが彼女の姿を確認すれば戸は大きく開かれて中に招かれる。
この船に拾われた頃はいつも居た部屋だが(麒麟の姿で)、オヤジの娘となって0番隊を任されるようになって己の気持ちに気付いてしまった頃から、この部屋に入るのは酷く緊張を伴うようになっていた。
仕方の無い事だろう。好きな男の私室に何の躊躇いも無く踏み込める人間がいたら見てみたい。
それでも表面上は何でもないと言う顔をして彼のベッドに腰掛けた。その膝の上に再び例の包みを置いて、しみじみと眺める。
「何か用があったんじゃないのかよい?」
「あ、うん」
ハルタの言葉に背中を押されたはずなのに、いざ本人を前にするとやはり身体にも声にも力が入ってしまう。
「どうしたい?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「…あの、これ」
「ん?」
たっぷり躊躇った挙句、はやはりそれをマルコに贈る事に。その為に買ったのだからそうしなくては意味がないのだが。
「おれにくれるのかい?」
彼女が手にしている包みに視線を落とす。
「う、うん。そう、そうなんだけど」
中途半端に差し出したまま動きを止めてしまった彼女の手からひょいとそれを受け取り、マルコはさっさと包みを開いていく。
「あの、いつもマルコにお世話になってるから、そのお礼って言うか。…凄く綺麗な青だったからマルコに似合うんじゃないかと、思って」
彼女の言葉通り、確かに綺麗な色の青が目に入る。シンプルな四角い板の連なったそれにはめ込まれている石は、光が射せば色合いを変えて飽きる事が無い。
「綺麗だな」
気に入った、と言えば良かった、と返ってきて、マルコはそれを普段している飾り帯の上からつけてみる。
「ああ、やっぱり似合う」
そう言って嬉しそうに微笑む彼女の頭を撫でて礼の言葉を告げれば、俯いた彼女の耳が微かに赤くなっているのが分かる。
「あ、あたし、次見張りの番だから、行くね」
そう言って駆け出して行った彼女の背を見送って、マルコは開けっ放しの戸を閉めた。
と同時に思わず笑みが浮かんできて、誰も見ていないと分かっていながらも口元を手で覆い隠した。
世話になっている礼だなどと言っていたが、どちらかと言うと「似合うと思って」の方が本音なのだろうと分かる。分かってしまう。
ただそれだけでわざわざ自分の為に彼女がこれを買ったのかと思うと、知らずと笑みが零れてしまう。
いつから彼女はそんな可愛らしい事をするようになったのだろうか。
お礼だなどと言い訳をしなければならない程躊躇ったくせに、贈り物をしようなどと。あの『じゃじゃ馬』が。
「期待、しちまうじゃねェかよい」
誰にも聞かれていないと分かっているからこそそう、呟いた。
色々と考えすぎてしまい伝えられずにいる彼女への想いを、それでもいいとただ胸の中に隠していたのに、いとも簡単に揺らいでしまう。こんな事をされては。
とりあえずはこの帯飾りの礼をしなければ、とマルコはごちゃごちゃと小物を入れてあるチェストを漁り始めた。
このチェストを開けるのも久し振りだ。
敵船から奪った戦利品は船長の手によって平等に分配される。
そんな戦利品の中にいくつか、装飾品があっていつかそれをもらったままこの箱の中にしまっていた事を思い出す。
敵からの戦利品なんてムードも何もあったもんじゃないが、この方が海賊らしい、とは思った。
いくつか小箱を開けては中を確かめるという作業を繰り返したところで、ようやく目当ての物を見つけ出した。
だいぶ昔に手に入れた物だがその輝きは失われていない。細かい細工は彼女に良く似合うだろう。
これがいい。と決めて、それを掌に収めると部屋を出た。彼女は甲板にいるだろうか。



「見張り番じゃなかったのかよい」
下手な嘘に苦笑いをしながら声をかけると、その肩がびくりと揺れて彼女がゆっくりと振り返る。
「あー、えと、間違えて覚えてたみたいで…」
仕事の事に関して覚え間違いなどした事も無いのに、とは言わないでやる。
、ちょっとそこに座れよい」
掌の中身を見せないように気を配りながら、彼女を木箱の上に座らせた。
「こっちの脚上げろい」
不思議そうに、だが言われるままに左の足を木箱の上に上げた彼女の足首に、マルコは手に隠したそれをつけてやった。
赤い小さな宝石のついたそれはとても良く彼女に似合っていると思う。
「戦利品で悪いな。でも、お前には赤が良く似合うよい」
彼女がくれた贈り物と同じ言葉でそれを贈ってやれば。
「マルコ…ありがとう」
嬉しそうに笑う、その顔を見れただけでも。



(本当にあいつらまだくっついてないんだよな!?)
(いい加減にしてほしいところだねぇ)
(いい年したおっさんがさー)
(もう誰かくっつけてやれよ)
最後にそう呟いたサッチの言葉に返ってくる返事は今日も否。
それは、美しく成長した彼女の心を独り占めしているマルコへの、ささやかな嫌がらせ。



ちょっとそろそろ自分のタイトルセンスにうんざりしてきました
20100818