これは、彼女が死んだ物語だ。
心配する事はねえって。死んだと言っても、本当に死んだわけじゃない。
つまり、それまでの彼女じゃなくなったって事だ。
生まれ変わったような人生を送る。そんな話は良くあるだろう?
ない?
まぁいいや。兎に角これは、彼女がどうやって新しい人生を手に入れたか。
そんなお話だ。



僕のラプンツェル・1




事の始まりは、いつもと何ら変わりない。一つの島に辿り着いた事だった。
ああ・・・言い忘れてたけど、おれの名前はサッチってんだ。
この海じゃあちょいと名の知れた海賊団に所属してて、これでも隊長やってんだぜ。
隊長っつっても、十何人もいる隊長達の一人だけどな。
まぁそれでもおれ達の船には千人ちょっとの大勢のクルーがいるから、上陸に向けてそれぞれの隊が、それぞれの役割を持って忙しく動いてたんだ。
何やらゴチャゴチャと書き付けられたリストと睨めっこしているマルコの奴とか、甲板を忙しく行ったり来たりしてる奴らを尻目に、その時おれは見張り台に上ってその島へと望遠鏡を向けていた。
サボってるわけじゃねえよ。これも立派な視察のうちだ。
おれらみたいな海賊は堂々と港に船を泊める訳にはいかねェから、街から少し離れたところに船を泊めるのが常なんだ。
そんな訳だから適当な場所を見つけたおれは下で待っている舵手に、船が泊められそうな場所がある事を指示して、もう一度望遠鏡を覗き込んだ。
島はそれ程大きくは無いが、それでも結構繁盛していそうな街と大きな屋敷が二つあって、その一つは街の中心に位置していたから、それはこの街、そして島の領主のモンだと伺える。
それじゃあ、もう一つの屋敷は誰のお屋敷なんだろうな、なんて疑問が浮かんだおれは、その屋敷へと望遠鏡の先を向けた。
海に面した小高い丘に立てられたその屋敷。ああ、この屋敷は重要だから覚えておくといいぜ。
下手したら領主様のお屋敷よりも豪勢なんじゃないかってくらい立派なそのお屋敷は、高い塀で囲まれていて何やら門のところにも、そして広い庭のそこかしこにも黒い服を身に纏った(おそらく警備の)男達がいて、随分と物々しい雰囲気だ。
こんなにも厳重に警備しなければならない程のお宝でも溜め込んでるんじゃないか、なんて勘繰っちまうのは海賊の性ってやつだろう?
だけどおれ達がオヤジと呼んで慕っているこの船の船長は、無駄な略奪とか強奪とかそんな事をするような男じゃないから、この屋敷には用はねえな、なんてこの時は思っておれは視線を街の方へと向けようとした。
屋敷の重厚な石造りの壁を撫でるように望遠鏡の先を動かしていったおれは、そこで見つけたんだ。一際高く搭のように突き出た屋敷の一角、海を臨むバルコニーに少女の姿を。
言っておくがおれの好みは色気たっぷりのお姉ちゃんであって、色気の「い」の字も知らねェようなガキにゃ興味はねえ。
まだ十代も半ばくらいに見えるそのオンナノコははっきり言って範囲外だ。
だけど、何故かその時のおれはその少女から視線を外す事が出来なかった。太陽の光を受けてキラキラと輝く少女の金色の髪は、スゴク、綺麗だと思った。
それからおれは、少女のその髪が異常なくらいに長い事に気付いたんだ。
バルコニーと言ってもちょっと広めのベランダ、ってくらいのそこに少女が出て来てもその髪の先は部屋の中へと続いていて、その髪の終点が部屋のどこにあるのかなんてその時のおれには知る由も無かった。
異常に長い綺麗な髪を持った少女の姿に驚いたおれは、そのまま暫く呆けたように彼女を見つめていた。
笑っちまうだろ?このサッチ様が年端もいかねェ一人のオンナノコに視線を奪われるなんてよ。
そんな時だ。彼女がこっちに顔を向けたのは。
望遠鏡越しに目が合った。なんて馬鹿げた考えは、直ぐに捨てた。
冷静になって考えてみれば向こうからこっちの姿が見えるわけなんてない。おれ達の船に気付いただけで、望遠鏡を構えて彼女の様子を伺っていたおれの事が見えていたわけじゃない。
だけど、船を見つけた時の彼女の驚いたような表情と、そしてその直ぐ後に浮かべた諦めにも似た思いつめた顔は、妙におれの心に引っかかった。



コツコツと石の階段を上って来る固い足音に気付いた少女は、長い髪を翻して部屋の中へと戻って行った。
バルコニーへとはみ出している長い髪を部屋の中に引き入れて済ました表情を浮かべたところで、部屋の扉が重々しい音を立てて開かれる。
、何をしていたの?」
部屋に入るなり咎めるような声でそう言った女に、と呼ばれた少女は首を横に振って見せた。
「何も。部屋の空気を入れ替えていただけよ」
その言葉に視線を窓へと向けた女は、僅かに顔を顰める。
「外には出ていないでしょうね?誰かに姿を見られたりは?」
「ありえないわ。外にも出ていないし、本当に窓を開けただけなのよ。だって今日はとってもいい天気なんですもの。ね?そうでしょう、お母様」
少女の母親は足早に窓辺へと歩み寄ると窓を閉め、吹き込んできた風に乱された赤茶色の髪を撫で付けながら少女へと顔を向ける。
「分かっていると思うけど、今日から三日間は聖人祭よ。人も多くなるでしょうからいつもに増して気をつけなさい。決してこの部屋から出ない事。いいわね?」
厳しく言い聞かせるように言った母親が足音を立てながら去って行った後、きっちりと閉じられた扉を見つめて、は寂しそうな表情を浮かべた。
「分かってるわ・・・お母様」
最早聞く者も無い返事をした後で、は窓辺へと歩み寄る。
だがもう彼女は窓を開ける事は無く、冷たいガラスに額を寄せ、外に広がる海にじっと視線を注ぐだけであった。



買出しや情報収集、船の警護を兼ねた居残りなどそれぞれが決められた役割にしたがって散って行くのを見送ってから、サッチは軽い足取りで船を下りた。
今回の上陸では自分の隊はフリーだったから、サッチも思いのままに過ごす事に決めたのだ。
「おいマルコ。今回はどんだけいられるんだっけ?」
「お前、人の話を聞いてねェのかよい。三日だって最初に言っただろうが」
「そうだったか?まあいいや。そんじゃおれは綺麗なオネエちゃんでも探しに行ってくるぜ!」
「くれぐれも面倒事は起こすんじゃねェよい!」
いつものように小言をくれたマルコにひらひらと手を振り返して、サッチは街へと向かう。
間もなく日も落ちようかと言う時間だったが街はなにやら活気に溢れていて、そこかしこに花や旗が飾られている。
通りには所狭しと屋台やテーブルが並べられ、人々は感謝の言葉を口にしながらグラスやジョッキを鳴らしているから、サッチも何かの祭りが行われているらしい事は把握できた。
「なあバァちゃん、これは一体何の祭りをやってんだ?」
この島でしか採れないと言う薬草で作った薬用酒を並べている屋台を覗き込んだついでに尋ねて見ると、老婆はにこにこと笑顔を浮かべて教えてくれた。
この祭りは『聖人祭』と言って、その昔、疫病からこの島を救った医師がやって来た日に因んで行われている祭りらしい。
数十年程前、この島で謎の奇病が流行り、治す手立ても無くその病を貰ったら最期と言われていたのを、どこからとも無くやってきた医者が特効薬を作り人々に与えたのだと言う。
貴賎の分け隔て無く全ての病人を診た医師を、人々は聖人と崇め讃えそのままこの島に残って欲しいとまで頼み、そうしてその医師がやって来た日を祭りとして祝うようにまでなったのだとか。
「あんた、余所から来たんだね。ホラ、ごらん。あの立派なお屋敷がそのお医者様の子孫が暮らしているお屋敷なんだよ」
そう言って老婆がしわしわの指で示した方向には、先程サッチが船の上から見ていた屋敷がある。
「そのお医者様の子孫はこの島で医師をなさっていて、今でも私達の健康を守って下さっているんだよ」
聞けばその子孫達と言うのは外科や内科、歯科、果ては助産師などもいて、この島の住民達の医療に関わる事全てを請け負っているのだとか。
「これがそのお医者様一家だよ」
屋台に掲げられた、花で飾られた小さな額に納められた肖像画は街のあちこちに掲げられているものと同じで、サッチもここに来るまでにいくつかそれを目にしていたから、それが件のお医者様一家か、と納得したように頷いた。
だが、覗き込んだその肖像画には、いくら探しても金色の髪の少女は描かれておらず、サッチは首を傾げる。
「なあバァさん。その医者のとこには金色の髪の女の子がいないか?」
「金色の髪・・・?それはないね。お医者様の一族は皆黒か赤茶色の髪をしているんだよ。金色の髪の子なんて、まずいないね」
その言葉にサッチは改めて肖像画を眺めやる。
そこには老婆と夫婦、そして凛々しい顔立ちの少年と夫婦の腕に抱かれる小さな子供の姿が描かれていたが、どの男の髪も黒く、そして女の髪は全てが赤茶色で、確かに金色の髪を持つ少女の姿は無かった。
「15、6くらいの女の子だと思うんだが・・・本当にいねえのか?」
ならば自分が見たのはなんだったのか、とサッチが首を捻った時、老婆はどこか悲しげな表情を浮かべて声を潜めた。
「これは、もう十年以上も前に描かれたものなんだけどね。この女の子。この子が生きていればそのくらいの年になっていたのかねぇ・・・」
老婆が指差したのは、夫婦の腕に抱かれている小さな子供。
「生きていればって事は死んじまったのか?」
尋ねるサッチに、老婆は心からの悲しみを露わにし重々しく頷いた。
「珍しい果実を食べて食中毒になっちまってね。そのままあっと言う間にお亡くなりになっちまったんだよ。医者の不養生だって、お医者様一家もえらく気落ちしていらっしゃったもんさ・・・」
医師である親達ですら成す術無く、儚く散ってしまった幼い命の事を思ったのか、ほろりと涙を零した老婆は骨ばった指でそれを拭って笑顔を浮かべた。
「今日はおめでたいお祭りの日なんだ。こんな辛気臭い話はもうおしまいにしようかね。さあ、兄さんもうちの特製薬用酒で元気つけてっておくれ!」
そうして薬用酒の入ったカップを押し付けられるようにして受け取ったサッチは、その場を後にしながら首を捻り続けていた。
「おれが見たのは、幽霊だったって事か・・・?」
そんなバカな、と一度身を震わせたサッチは、思い立って医師の屋敷へと足を向ける。



門や庭は厳重な警備が敷かれていたが、流石に屋根の上までは警備の目は行き届いてはいないようだった。
海賊であり、いくつもの戦いを潜り抜けてきたサッチにとって、警戒の薄い屋根の上へと侵入する事はそう難しい事では無く、難なく彼は搭の根元へと辿りついていた。
彼等の先祖を讃える祭りと言うだけあって一族は祭りに参加しているのか、屋敷の中は静かなものであったが、ここからどうやって搭の中へ行ったものか、と悩むサッチの耳に微かな声が聞こえて来たのはその時だった。
「そこにいるのは、誰?」
侵入している事を知られていると言う事実よりも、声を掛けられた事に驚いたサッチが顔を上げると、バルコニーから金色の髪の少女が身を乗り出すようにしてこちらを見ている。
「そこで何をしているの?」
声には警戒も混じっていたが、何よりもこんな場所に人がいる事に驚いているように思えたサッチは、努めて明るい声で返事を返す。
「いやァ、何って訳でもないんだけどよ。お譲ちゃんの姿をちょっと拝んでみたくってな」
「私を・・・?私に会いに?」
先程よりも更に驚いた表情を浮かべた少女は暫く考え込むように黙っていたが、やがてその長い髪をバルコニーの柵に括り付けると、毛先の方をだらりとサッチに向けて外へと垂らした。
「上ってらして。そんなところにいたら見つかってしまうわ」
他人の目に触れたらまずい、と言う事は理解しているらしくそう告げる少女に、サッチは躊躇いがちに差し伸べられた髪を掴んだ。
思ったよりもしっかりとしている髪を頼りに搭を上りバルコニーへと身を躍らせると、少女は括り付けていた髪を解き中へとサッチを招き入れる。
「貴方、誰?どこで私の事を知ったの?」
人目につく事を恐れてか、明かりを灯さずに対峙した部屋の中でも、月の光を受けた少女の髪はキラキラと輝いていて、サッチは束の間魅入られたように彼女を見つめていた。
「ねえ、どうやって私の事を知ったの?」
応えないサッチに痺れを切らしたように尋ねる少女に、漸くサッチは我に返る。
「知ったって言うか・・・昼間見たんだよ。船から。そこのバルコニーに出て来たお譲ちゃんの姿をな」
「じゃあ貴方は、あの船の人なのね?」
その言葉に、サッチは彼女が幽霊などでは無い事を確信する。そして、昼間にバルコニーに姿を見せた彼女が確かに自分達の船を見ていた事も。
「貴方は、島の外から来た人なのね!?」
どこか嬉しそうに勢い込んだ彼女の様子に苦笑いを浮かべて、サッチは言う。
「あのな・・・先に一応言っておくがおれは海賊だ。もちろん、おれの乗って来たあの船は海賊船だ。怖くはねェのか?」
だからと言って急に悲鳴などを上げられても困るのだが、怯える素振りすら見せられないと言うのは海賊としてどうなのだろうと、サッチが自身の事を告げると、少女は馬鹿にされたと思ったのか口を尖らせる。
「私だって海賊くらいちゃんと知っているわ。だけど、貴方は私をどうこうしようとはしない。そうでしょう?」
確かにこの少女を傷付けたりするつもりは無かったのだが、こうもあっさりと警戒を解かれてしまうと何故か居心地が悪くなってしまう。
「それはどうかな、お譲ちゃん。確かにおれ達は無駄に人を殺したりはしねェけど、もしかしたらお譲ちゃんを攫いに来た悪い奴かも知れないぜ?」
おどけたようにそう言ってみると、少女は僅かに驚いたように目を丸くして、それから小さく笑った。
「それでもいいわ。私をここから連れ出してくれるのなら、それでもいい」
そう言った彼女の表情がみるみるうちに曇って行ったので、サッチは慌てた。
「連れ出してって・・・お前、やっぱりここに監禁されてんのか?」
街では人々の尊敬と信頼を集めている医師の一族がこのような少女を監禁しているのだとしたらとんでもない事だと尋ねると、少女は寂し気な表情のまま、首を横に振る。
「ここは、私の家よ。監禁なんてされていないわ」
それならば何故、彼女はこのように人目を避けるように屋敷の中でも一段と高い搭の部屋で暮らしているのだろうか、とサッチの頭に疑問が浮かぶ。
「じゃあなんでこんなとこに・・・」
面倒事を起こすなと煩いくらいに言っていた同僚の男の姿がサッチの脳裏に浮かんだが、彼女の寂し気な表情が気になってしまい、サッチは恐る恐ると言った風に尋ねる。
「私は・・・外に出てはいけないの・・・」
そう言った少女はサッチを招き入れた窓辺に近付き、だがバルコニーに出る事は無く、ガラスの向こうの海へと視線を投げた。
その表情にサッチは気付く。少女は今も、そして昼間外に出ていた時も、海に、外の世界に憧れていたのだと。
「私は、化け物だから」
そう言った少女は、泣きそうな顔で、笑っていた。



設定自体は色々と考えていたので、久し振りにブルーレイを見た機会に半パロディ(?)として書いてみる事にしました。
出だしはそれっぽくなっていると思うのですがいかがでしょうか?
20130321