ああ、堪らない。
その声が、視線が、身体が。
いくらだって俺を狂わせる。



君が誘う罪




正直なところ、面倒な相手だと思っている。
だが心底惚れているのも事実だ。なにせ彼女は自分の好み、ドストライク。
惚れた女を前に手を拱いているのがらしくないとも自覚している。
けれど相手は、あの0番隊で。更に言うなら元ナース。
今まで散々「港の女」がいい等と公言しておいて、今更仲間に惚れました。なんて。
誰にも言えなかった。
けれどあのふわふわに巻かれたブロンドの髪も、色々な意味で堪らなくなるような身体つきも、艶やかな笑みも、全てが自分の好みドンピシャなのだ。
始めこそ、彼女はナースだったから。ナース達はオヤジが一筋みたいなもんだったから。諦めようと努力もしたし、港の女に無理矢理目もやった。
ようやく港の女の良さに慣れてきた頃に彼女は突然0番隊に転属されて。
あれ?って言う事は手を出しても構わないのか?なんて思ってしまったのが運の尽き。
諦めていたその想いに再び火がついた。



今日も今日とて布面積の少ない(主に胸元が)服装に身を包んだその女は、サッチの姿を見止めて「あら、サッチ隊長」とその顔に笑みを浮かべた。
その魅惑的な肉体を惜しげも無くこの荒くれ共の前に晒し、その視線は悪戯に男を誘うように流れたとしても、決して誰にも触れさせはしない。そんな性質の悪い女である事も、サッチは知っている。
色気溢れる彼女に迫った男が手酷く返り討ちにされたのは記憶に新しい。
誘うだけ誘っておいて踏み込めばあっと言う間に逃げて行くその女を、どうすれば捕まえられるのか、こうして彼女に声を掛けられている今この瞬間ですら考えている。
軽く一緒に飯でもどうだ、とか。それとも下心もたっぷりに後でおれの部屋で飲まないか、とか。
色々な言葉は浮かぶのだがそのどれ一つとして声になる事は無い。
「今回の任務はどうだったよ?」
結局、そんなつまらない会話でその場を濁してしまい、彼女と別れた後にサッチは深い溜息をついた。
手を出せない。どうあがいてみたって彼女には手を出せない。
ナースや0番隊の女達の自分に対するイメージを、サッチは正確に把握している。
女好きでお調子者。自分で言うのもなんだが、情には厚くて意外と頼りにはなる。そんなところだ。
それから家族には決して手を出さない(色んな意味で)。
最後のそれが問題だった。
そのイメージがある以上軽い牽制にしろ本気の告白にしろ、まともに受け取ってもらえないだろうと思えば、「港の女」がいいと公言してきた過去の自分を恨みたくもなる。
空を仰いだサッチの口から再び深い溜息が零れた。



先の戦闘で使った弾丸を補充しようと船倉へと向かえば、その船倉から件の女が出てきて、サッチは内心動揺した。
彼女達0番隊が船倉に来る事はあまりない。ならばそこで何をしていたのかと小さな疑問が頭に浮かぶ。
「あら、サッチ隊長」
昼間に顔を合わせた時とまるっきり同じ台詞で彼の姿を見止めた彼女は埃でも払うように両手を叩いた。
「お前、こんなところで何してんだ?」
単刀直入に問いかけると少しだけ困ったように眉を下げて笑みを浮かべる。
「サッチ隊長には謝っておかないとかしら」
「?」
そう言った彼女に招かれて船倉の奥へと入り込めばそこに男が倒れていた。
見覚えのあるその顔は間違いなくサッチの4番隊のクルーで、男の口からは安らかな寝息が聞こえてくる。
「お前、まさか…」
「そのまさかなの。ごめんなさいね」
少しだけ申し訳なさそうに誤った彼女は、それでもその後に「正当防衛ですからね」と付け足した。
それだけで何があったのかを把握したサッチが肩を竦める。
彼女の美貌と肉体に誘われて欲望に負けたこの男が返り討ちにあったのは明白だった。彼女の能力である歌声で深い眠りについた彼はきっと三日間は目を覚まさないだろう。
「まァ、仕方ねェさ。お前にも嫌な思いさせてごめんな」
「サッチ隊長が謝る事じゃないけどね」
自分の隊のクルーが彼女に不埒を働こうとした事は確かで、それを謝れば彼女は苦笑いをしながらそう言ってくれるからサッチは少しだけ救われる。
だが、この男の気持ちも分からないではない。
サッチだって一つ間違えればこのクルーと同じ道を辿りそうになるのだ。そんな想いを彼女に抱いている。
では私はこれで、とその場を去ろうとした彼女の腕を、サッチは思わず掴んでいた。
「お前さ、もう少し…その、格好なんとかならないか?」
彼女に悪気があるわけではないにしろ、その姿が悪戯に男達を惑わせているのは確かだ。
悪魔の実の能力、セイレーンの力を発していない時でも、まるで彼女は海で男を惑わす妖婦そのもののようだった。
だからせめて洋服だけでも。その魅惑的な胸元だけでももう少し隠せないものかと尋ねれば。
「イヤよ」
きっぱりとした返事が帰ってきてサッチは思わず頭を抱えたくなる。
彼女が他の男達の視線を集めるを何も出来ずに見ているのももう限界だったし、サッチ自身も彼女に誘われそうになるのを耐えるのも限界だった。
「あのな、頼むからこれ以上おれを煽らないでくれないか」
その腕を掴む手に少しだけ力を込めれば、微かに驚いたような表情でがサッチを見上げた。
「どうして?どうしてサッチ隊長があたしをそんなに気にするの?」
最早その答えを確信しているのではないかと思うような眼差しに射抜かれ、思わず息を飲む。
もう、どうにでもなれ。と腹を括った。
「おれ、本気でお前が好きなんだけど」
サッチとしては至極つまらない口説き文句だったが飾り気の無いその言葉はストレートにの胸に届いた。
「あら、『港の女』がお好きなんじゃなかったの?」
ルージュを乗せた肉厚な唇が弧を描く。
「それを言うなよ。おれだって戸惑ってんだ。お前は仲間だし、手を出すわけにはいかねェって、ずっと我慢してたんだぜ」
「そのポリシーを曲げてまで欲しいって、思ってくれているの?」
真っ直ぐに彼を見つめるその瞳に誘われて、サッチは彼女の顔の横の壁に手をついた。
「ああ、そうさ。このおれがな。お前が仲間でも、もう関係ねェよ」
壁を背にして逃げ場を奪われたはそれでも余裕そうな笑みを浮かべている。
その細い指が伸びてきてサッチの首に巻かれているスカーフを引っ掛けた。
「ひとつ、イイ事を教えてあげるわ」
ぐいと引かれてそのまま顔を寄せれば耳元で彼女の声がする。
「あたしも、ずっとアナタが好きだったのよ。サッチ隊長」
その言葉を頭の中で反芻したサッチが彼女の唇に吸い付くまで、あと僅か。



20101105