いくら熱い想いを捧げられようが、
いくら酒を煽ろうが、
貴方以外に心が揺らぐはずもないと。



その心、売約済みにて




「ずっと、好きでした!」
喧騒の中でもその声ははっきりと聞こえて、マルコは何事かとその方に視線を走らせた。
「ああ、それは、どうも、ありがとう…?」
困ったような嬉しそうな複雑な表情でその告白に答えたのはあろう事か、だった。
丸ごとかぶりつこうとしていた林檎がぐしゃりと音を立てて彼の手の中で握り潰されたのを見たサッチが「勿体ねェ!」とかなんとか言っている。
黒いオーラを纏い始めた彼を見て笑みを浮かべたイゾウがまぁまぁ、とマルコを宥める。
その女はおれのモンだ、と言ってやりたいのにイゾウやサッチに押さえ込まれて身動きが取れない。
彼等が面白がっているのが分かってマルコは舌打ちをした。
日が暮れる頃から始まった今日の宴会。既に酒樽と一緒に転がっているクルー達もいる中で、清々しくも0番隊隊長に向かって愛を告げた男は酔いも手伝っているのだろう、微かに顔を赤くして真っ直ぐに彼女を見つめている。
「おれと飲み比べしましょう。おれが勝ったら、おれの女になってください!」
マルコとの関係は白ひげや隊長達は既に知っている事だったが一般のクルーは知らない者も多い。いちいち公言する事でもないから余計に。
それでも彼女は既に人のモノなのだからそんな勝負には乗らないだろうと思っていたのだが。
「いいわよ。貴方が勝ったら貴方の女になってあげるわ」
挑発的な笑みを浮かべた彼女に、マルコの手の中の林檎が更に小さくなり、甲板に果汁が吸い込まれていった。
「おいおい、良くみたらアイツおれの隊のヤツじゃねェか。あいつ結構酒強いぞ」
サッチの声はもちろん彼女には届かなかったが、マルコにはしっかりと聞こえている。それでも彼はマルコを抑える手を緩めないのだから性質が悪い。
が負けたらサッチ、お前の明日はねェよい」
「なんだそりゃ、八つ当たりかよ!」
脅しの言葉をかけられてもサッチは変わらずニヤニヤと笑っていた。
そんな間にも彼女と男の前には大きめのジョッキが置かれ、回りで囃し立てていた別の仲間達がそのジョッキに酒を注ぎ始めている。
乾杯、とジョッキを掲げた彼女の視線が不意にマルコを捕らえ、その顔が柔らかく微笑んだ。
向けられた笑顔に毒気を抜かれたマルコの体から力が抜け、すっかりぐしゃぐしゃになった林檎が零れ落ちるのを見て、サッチとイゾウがその手を離した。



ゴトリ、と勢い良くジョッキが甲板に置かれるのと同時にコト、と小さな音を立てて同じジョッキが並べられる。
その両方にもう何度目か分からない酒がなみなみと注がれた。
隊長、顔が赤くなってますよぅ」
そう言う男の顔も既に真っ赤で、いかに酒豪の彼と言えども限界が近いのではないかと思われる。既に呂律も怪しくなりかけていた。
「貴方もなかなかよ。私はまだまだ、大丈夫」
そう言ってにっこりと笑みを浮かべた彼女を回りで見ていた男達は、尊敬に近い視線で彼女を見つめている。
常人はもちろん、そこそこ酒に強い者でももう暫く酒は見たくない、と言いたくなる程の杯を二人は重ねているが、共に顔を赤くはしているもののまだまだ酔いつぶれそうにはない。
「心配ですか?」
勝負の行方を少し離れたところから見守っていたマルコ達に声をかけたのは0番隊の女だった。
黒い髪を風に揺らし、小さく肩も揺らして笑っている。
「大丈夫ですよ。私達、隊長が酒に飲まれるところを見た事がありません」
「へぇ」
意外だと言った風にイゾウが相槌を打った。
「いくら飲んでも途中でリセットできるらしいんですよね。少しのインターバルさえあれば」
一体どんな体の構造してるんでしょうね、と女は小さく笑った。
「しかし、埒があかねェな」
「そうでもないみたいだぜ」
再びジョッキを空にした二人に、いつになっても勝負がつきそうにないと肩を竦めたサッチの声にかぶせるように声を出したイゾウがそちらを指差した。
見ればが回りにいたギャラリーの一人になにやら指示を出していた。
「キリがないからコレで終わりにしましょう」
指示を受けた男が急いで船室に入っていき、戻ってきた時には酒瓶を一本抱えて来ていた。
今まで飲んでいた酒よりもはるかに度の強い酒、それを煽って落ちなかった方が勝ち、と告げる。
「げっ。おれだってアレを原液では飲みたくねェ…!」
普通ならソーダ水や果汁で割って飲むような酒の瓶に、サッチが思わず顔を引き攣らせた。
「あら。さすがにお水が必要かしら」
そう言って船室へ向かった0番隊の女に嫌な予感を感じながらマルコは腕を組んで勝負の行方を見守った。
片足がトントンと甲板を叩き、落ち着かないのが見て分かる。
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、彼女はショットグラスを並べぴったり同じ量、酒を注いだ。
互いに一つずつ取り、視線を交わす。
グラスを煽る前には一つ、大きく深呼吸をした。酔いに蕩けた瞳が一瞬で澄み切ったものに戻る。
その瞳が再びマルコを捕らえ、そして次の瞬間には勢い良くショットグラスを煽っていた。
先に中身を飲み干した男が良い音をさせてグラスを甲板に叩きつける。
次いでも同じように高い音をたててグラスを叩きつけた。
「どっちが…!?」
ざわめくギャラリーの中心で、互いの様子をじっと伺っていた二人の、やがて男の体がぐらりと傾き。
言葉も無く甲板へと沈んで行った。
「私の勝ちね」
笑みを浮かべたその瞳も再び蕩けていて、最後に煽った酒がいかに強いものであったかを物語っている。
「中毒になってないか見てあげて」
元ナースである副隊長のアリダにそう声をかけてがゆっくりと立ち上がる。
その足元が僅かに覚束ないのを見て、マルコがす、と動いた。
イゾウとサッチが顔を見合わせてニヤリと笑う。
マルコの姿を見止めた彼女が勝負の行方を見守っていたクルー達の輪を抜けてくる。
「マ、ルコ」
その手が触れ合う直前に大きくその身体が傾いた。
「ったく。しょうもねェ勝負受けてんじゃねェよい」
小さく零して倒れ掛かった身体を抱き止める。
「さすがに、最後のは、効いたなぁ…」
ぐったりとした身を手放しでマルコに預けるその姿に、クルー達の顔色が変わった。
「あ、あれ…?」
「アレってそういう事、だよな?」
「え?え?マジで?」
ざわつくクルー達の方を振り返って、マルコは彼等が凍りつくような笑みを浮かべた。
「海に落とされたくなかったら今後はコイツに手を出すなって、ソイツが起きたら言っておけよい」
その言葉にクルー達は、に勝負を持ちかけた勇気ある彼の姿が明日無かったら、1番隊隊長の仕業だと思う事にした。
「結局バラしちまうのな」
彼女を抱えて船室へと向かったマルコの背を見送りながらサッチが笑う。
「あんな風に堂々と自分の女を口説かれちゃあマルコだって所有権を主張したくもなるだろうさ」
くつくつと肩を揺らしたイゾウが煙管を咥えてぷかりと紫煙を吐き出した。



今回登場の0番隊の人はイゾウさんの彼女。(アリダじゃない方)
20100909