DANGEROUS! 2




目の前に広がる光景に、は息を飲んだ。
青々と茂る緑の中、この距離でも目視できる程の大型の獣達が闊歩するその島。
あちらこちらで顔を合わせる度に小競り合いを起こしているその獣達の凶暴さは説明するまでもない。
メルヴィユと呼ばれたその島々では動物達が特殊な発達を遂げており、常人の力では太刀打ちも出来ないその獣達を、ある程度制御する事にシキは成功した。
その目的がなんであるのかと男の表情を伺うに、シキはニヤリと笑みを見せ。
「まずは世界政府にお礼参りだ。手始めにイースト・ブルー。それからおれは世界を支配する!!」
「随分と、大それた野望ね」
世界の支配などと言う大それた野望をは一蹴した。
それを望む者は数多といるだろうが、実際に実現できる者がいるのだろうか。
「計画は今のところ順調だ。おれならばそれを実現出来る!」
そう豪語して、シキはを見やった。
「白ひげに言ってくれないか、ベイビーちゃん。おれと手を組めってな!お前の口添えもありゃあ、心強い!」
世界を手にする為に、まだまだ力が必要だとシキは言う。
18年前。インペルダウンを脱獄した直後に顔を合わせた時は無碍にされたが、あれからますます白ひげの勢力は大きくなるばかり。
その力が加われば、最早それも夢ではないと。
その為に彼女にこの島と彼の計画の一端を知らしめ、白ひげをもう一度誘いに来たのだと、は理解した。
だが。
「オヤジが貴方の計画に乗るとは思えないわ」
確かに白ひげの勢力は大きく、新世界でも四皇と呼ばれる程の実力を擁し、彼の領海となっている島も多い。
それでも彼は世界の支配などには興味は無いのだ。
彼女の口添えがあろうとなかろうと、その意思は変わらないだろう。
その言葉を半ば予想はしていたのだろうか。それでも表情一つ変える事無く、シキは銜えていた葉巻の灰を落として言った。
「まだ家族だなんだと甘っちょろい事言ってんのか?アイツは」
その声が耳に届くや否や、の肩がぴくりと跳ねた。
金色の瞳が鋭い輝きを湛えシキを映す。
「それはオヤジの甘さじゃない。強さよ」
世間から爪弾きにされるような連中をそれでも『家族』と呼び愛する彼のそれは、強さであり大きさなのだと。
だがシキはそれを嘲笑うかのように鼻を鳴らした。
「甘いな。海賊が『家族』だなんだと、笑わせやがる」
明らかな嘲笑の言葉に、は今度こそはっきりとシキへの嫌悪を顕わにし、その瞬間に彼を敵だと認識した。
「帰らせてもらわ。貴方の計画など知る必要も無い」
この男とオヤジは拮抗した力を持っているのだろうが、相容れる事は決してないと確信したにとって、最早この場にいる事に意味は無かった。
海楼石の扉から解放された今ならば機はいくらでもある。
次の瞬間の足は甲板を蹴ってその身を宙へと躍らせていた。
船縁を越えたその身が落ちるのではと甲板にいた誰もが思ったが、彼女はそのまま空を飛んで行く。
「チッ!空を飛べる能力者か!」
大きな舌打ちをしたシキが自らその後を追いかけてくるのを見て、はその姿を麒麟へと変えた。
「!!」
まさか彼女の姿が獣になるとは思ってもいなかったシキは驚きに目を見開いたが、直ぐにそれが深い笑みへと変わる。
「イイ女じゃねェか…!」
不穏な呟きを零したシキが一層スピードを上げて迫ってくるのを見て、麒麟が大きく首を振った。
襲い掛かる雷撃を重力を感じさせない軽やかな動きで避けながら、シキは獣を追いかける。
雷撃と斬波を交わしながら島の間を縫うように空を駆ける二人が、やがて一番大きな島へと近付いた。
途端に激しさを増したシキの攻撃を避ける事に集中していたは、ふと自分がどこかへと追い込まれているのでは、と気付く。
しかし既に時は遅かった。
突如として襲い来る刺激臭に、宙を駆けていた脚が踏鞴を踏んだ。耐え難い刺激が鼻の奥に届き堪らず脚がふらつく。
その隙をシキが見逃す筈も無く、次の瞬間にはその巨体が容赦無く麒麟に体当たりを食らわせていた。
強い衝撃を受けて急速に迫り来る地面に、角を庇って人型へと姿を戻したは、だが受け身を取るだけの余裕は無く強かに地面に打ちつけられる。
「ぐ、ッァ!」
肺の中の空気が一気に吐き出され意識が遠のいた。
揺らめく意識の中、ゆっくりと彼女の前へと降り立ってきた男が勝ち誇ったような笑みを浮かべていたのが無償に癇に障った。
「能力者と言えども獣は獣のようだな」
意識を手放してぐったりとしたを見下ろしながらシキが呟く。
この島に近付いていると分かった時からその動きを封じる為に意図的に彼女をダフトグリーンへと追い立てたのだ。
「ジハハハハ!気の強い女は嫌いじゃねェ!おれの女にしてやるぜ!白ひげの隊長格なら申し分無い!!」
彼女を見下ろしたその瞳には、長い間じっと機を熟すのを待っていられるだけの冷静さと、白ひげの矜持を甘さだと切って捨てる冷酷さが浮かんでいた。



彼女が連れ去られた島の上空からマルコは捜索を始めていた。
その身が今はどこまで連れて行かれたのかは分からないが、まだそう遠くへは行っていないのではないかと思う。
元々0番隊が任務に出ていた島とモビーディック号の距離が近付いていた事もあって、事の露見は早かった筈だ。
18年前、インペルダウンから脱獄を果たしたその男が白ひげを尋ねてやってきた時の事を思い出す。
海楼石の錠を嵌められた自身の両足を切り捨てるだけの胆力と、ロジャーや白ひげと対等にやりあえる力を持った男が、この長い間よく大人しく身を潜めていたものだと。
今更になって動きを見せるとは思ってもいなかったが、それは逆に言えばシキがその計画を着実に進めてきたと言う証でもある。
何を企んでいるのかはマルコの知るところではなかったが、一体それが連れ去られた女と何の関係があると言うのか。
彼女の強さは知っているし、無謀な行動を取る事も最近では少なくなった。それでも、相手は海軍のガープやセンゴクを相手にして尚、マリンフォードを半壊させる程の力の持ち主なのだ。
一刻も早くその身が無事である事を確かめたいと、マルコは大きく翼を羽ばたかせた。



20110120