「これは…うちが総出でかかっても二週間は掛かりますよ?」
「馬鹿言ってんじゃねェよい。海賊がそんなに陸にいられるかよい。一週間だ」
「無茶言わないで下さいよ!…不眠不休でやったって一週間なんて到底無理ですよ!」
「10日だ。これ以上はねェよい」
「…ハァ。敵いませんね。分かりました。10日で仕上げましょう」



たまにはこんな休日を・1




覇気交じりの脅迫にも近い要求を突きつけるマルコに押し切られた船大工を、傍から見ていたは苦笑しながら見つめていた。
この男は時折このように強引な一面を見せる事がある。
若かった頃にそうやって『躾』を受けた身としては、彼のその強引さに多少同情しないでもなかったが、二週間も陸にいると言うのは耐えられそうも無かったから、船大工達には申し訳ないがマルコの要求が通ったのは幸いと言えた。
昔から白ひげ海賊団が贔屓にしている造船所に立ち寄ったのはその日の昼頃の事。
エースが散々暴れたお陰で破損した部分と、長年の旅で痛んだ箇所を修復する為にモビーディック号と他三隻はその島に立ち寄ったのだった。
もちろん船には腕利きの船大工が何人も乗っていたが、やはり一度は陸に上げて隅々までメンテナンスをしたいと言う事で、滅多にない事だが暫くの間クルー全員が陸に上がる事となった。
そうは言ってもこれだけの大所帯だと全員がバラけるのは色々と問題があるので、基本的には隊毎で行動する事となり、それぞれの隊長達が部下をまとめ上げて上陸して行くのをはまるで幼子の遠足のようだと笑いながら眺めていた。
「お前はそんなところで遊んでていいのかよい」
マルコが自隊のクルー達をまとめあげているのを横から眺めている彼女に問えば。
「うちは自由行動だから」
そう笑う彼女の隊は元々人数も多くは無いし、そもそも各々に連れがいるものだからさっさとそちらと行動を共にしてしまったと応えればマルコもそれ以上は何も言わない。
「もちろん私も1番隊と一緒に連れて行ってね?」
彼女にしては珍しく強請るように言えば、マルコはいつもと変わらぬ表情で「当たり前だろい」と返してくれるものだから、はにっこりと笑みを浮かべた。



隊毎の行動とは言え、100人近い海賊達がぞろぞろと固まっているのもうっとおしいので、島にある殆どの宿を隊毎に借り切って当面のねぐらさえ確保してしまえば基本的には自由行動になる。
争い事や面倒事を起こさない事と、基本的な行動は隊長に連絡しておく事と言う決まりの中で、クルー達は思い思いの場所へ散って行った。
海賊とは言えど白ひげ海賊団は金払いも良かったし、その大人数からかなりの金を落として行くとあればどこの宿でも悪いようにはされなかった。
久し振りに姿を見せたマルコが女を連れていると知った気の良さそうな大柄な宿の主人が、余計な気を回してダブルベッドが用意された部屋に二人を通すのをマルコは特には何も言わなかったが、は思わず苦笑した。
必要最低限の荷物を船から持ち出して来た二人は荷を降ろして一息つく。
「お前、この島は初めてだろい?どこか見に行くか?」
思いもよらない言葉に、は目を見開いて驚いたような表情をしてから少しだけはにかんだ。
それはまるでデートのお誘いのようで。彼とそういう仲になってから随分経つと言うのにそのような事は初めてではないだろうかと、今更ながらに気恥ずかしく感じたのだ。
白ひげの右腕とも言えるマルコはその傍らを離れる事が少なかったし、逆に偵察任務を主としていた彼女は船を離れる事が多くて。
お互いが船にいる時に島に立ち寄ったとしてもなかなかのんびりと過ごす事の無かった二人に、それは思いがけず訪れた休息の時だった。
「マルコが案内してくれるの?」
「どこでも連れてってやるよい」
そう言われてベッドに腰掛けていたは飛び上がるように立ち上がった。腰に下げる形のバッグにベリーと必要最低限の荷物を詰めて手早く支度を整えるとマルコを見やる。
ドアの前で待っていたマルコがなんともないようにその手を差し出してくるので彼女は驚いたような表情を浮かべた。
「行くよい」
そう言ってマルコが催促するように手を振れば躊躇いがちに彼女の手が重ねられる。
その手をしっかと握り締め、マルコは彼女を連れて部屋を出た。
宿のカウンターの前を通れば、先程二人を部屋に案内した主人が二人の姿を見止めてニヤリと笑みを浮かべた。その視線は明らかに繋がれたままの二人の手に注がれていて。
「一度くらいはうちでも飯食ってってくれよ!うちのコックだって腕のいいの揃ってるからな!」
声を掛けてきた主人のニヤけた笑いの意味を理解したは思わず顔を赤くし、マルコは「一度きりじゃなくても食いに行くよい」と返して出て行ったのである。



街に出たものの、どこか行きたいところがあるかと尋ねられれば首を横に振るしかなかった。
ナースのお姉さま方のように新しいコスメをチェックするのよ!と言うタイプでもなければ、男にアクセサリーや洋服を強請る柄でもない。
かと言ってお互いに娯楽場へ遊びに行こうと言う歳でも無い。
こんな事ならナースのお姉さま方や仲間達に聞いておくんだったと思うが、既にこのような状況になってしまってからではどうしようも無い。
とは言えせっかくの誘いに全ての計画を丸投げにしてしまうのは何だか申し訳ない気がして。
眉を寄せて考え込んでしまった彼女に、マルコの肩が揺れた。
「そんな難しく考える事じゃねェよい」
「だけど…」
色々と考えすぎだと笑うマルコの余裕はやはり人生の経験値の差だろうかとは思う。
海賊として生きてきた彼女が突然こんな普通の恋人同士のような状況に置かれて戸惑うのを、マルコは面白そうにしている。
「ならお前はおれについてくればいい。どこか行きたいところを思いついたら言えよい」
そう言って押し付けにならない程度の強引さを見せるマルコに、は素直に頷いていた。



20101025