この世界は終わらない。
この世界は眠らない。
誰にも壊される事は、ない。



This world does not sleep:01




朝、目が覚めて。兄弟達が作ってくれた朝食と、同じく兄弟達が淹れてくれた熱いカプチーノを頂く。
朝食が済めば、大量の洗濯物を抱えて庭へ出る。洗濯物の皺を一つ一つ丁寧に伸ばしながらそれを干しつつ、周りを伺えば今日もとても良い天気。
きっと今日も店には多くのお客さんが来るだろう。忙しくなるに違いないと心持ち気合いを入れながら、空になった籠を抱えて部屋に戻る。
取って返すように財布を掴んだ彼女は再び家を出て買い物へと出かける。
「おはよう、イザベッラ。今日は採りたてのオレンジなんてどうだい?」
顔なじみになった果物屋の気さくな老婆が声をかけてくれるのに、彼女も笑顔を返しつつ店先にならんだ色とりどりのフルーツを眺める。
暫く悩んだ挙句にお勧めのオレンジを五、六個袋に詰めてもらった。
買い物もまだまだ序盤だと言うのに既に重たい荷物になってしまったが、それくらいで彼女の足取りは重くなる事はない。
次に向かうのは肉屋と魚屋とどちらにしようか悩みながら、分かれ道で彼女は魚屋のある方へと足を進める。
一番下の弟は魚料理が好きだから、今夜は彼の為に魚にしてあげようと思いながら。
新鮮な魚が手に入った事に気分を良くしながら、また他の店に立ち寄り野菜をいくつか買ってから家へと戻る。
少々足の不自由な兄が彼女を出迎え、たくさんの荷物を受け取ってくれた。
「それじゃあ、行ってくるわね」
一息つく暇も無く、彼女は三度家を出る。
彼女の働くバールはランチタイムに提供するパニーノが売りの店だ。
忙しくなる昼時には、彼女のようなくるくると良く働く娘は必要不可欠な存在だった。
赤みがかったブロンドの髪を翻しながら客の間を忙しなく動き回る彼女は既にこの店の看板娘と言ってもいいほど。
「おはよう、イザベッラ!」
彼女が店に飛び込んで来たのを見つけたマスターが声をかけると、太陽のような笑顔を見せた彼女はそのままスタッフルームへと駆け込んで行く。
程なくしてカフェエプロンを身に着けた彼女が戻って来て、カウンターに回りパニーノをこしらえる為の下準備を始めた。



昼時の忙しい時間が過ぎれば午後のまったりとした時間が流れ、夜の再び忙しい時間を迎える頃には彼女はエプロンを脱いで店を出る。
店のマスターは何度か彼女に夜もここで働いて欲しいと頼むのだが、彼女はどうしてもそれは出来ないと首を横に振る。
働く事の出来ない兄弟達の為にしなければいけない仕事が、夜はあるのだと言う。
彼女の言うそれがいかがわしい事なのではないかと思っているマスターはその度に険しい表情で、そんなところに行くのはやめろと、少しくらいなら給料に色をつけてやってもいいのだからと言うのだが、彼女は笑みを浮かべてそれを拒否するばかり。
いかがわしい事なんかこれっぽっちもないのよ、と笑った彼女は「また明日」と言い残して颯爽とバールを出て行った。
バールを出たその足で今度は小さな雑貨屋へと向かう彼女は、既に「夜の仕事」の最中だ。
既に辺りも暗くなりかけていると言う事もあって人気の少ない店の中、入り口近くのカウンターに座ってのんびりと新聞に目をやっている初老の男性が、彼女が入って来た事に直ぐに気付き、緩慢な動作で新聞を折り畳んだ。
店の中の何を見るでも無く真っ直ぐにカウンターに向かった彼女は鞄の中から厚みのある封筒を取り出し、男に差し出す。
互いにその中身が何であるかは知っていたが、どちらもその事について口にするような事はない。
封筒を受け取った男はそれをカウンターの下にしまいこむと、代わりに先程の封筒よりは薄い、それでもそこそこに厚みのある封筒と、そして一通の手紙と思われる封筒を差し出した。
「今日は少ないのね。そして随分と小さなお届け物だわ?」
厚みのある封筒の方は彼女への報酬だと分かっていたから、それを鞄にしまい込みながら尋ねる。
意外にも小さな届け物に、思わずそんな言葉が口をついた。
だが、何の気もなしにその封筒を裏返した彼女の眉が小さく跳ね上がる。
「…宛先はこれだけ?」
綺麗な文字でたった数文字、送り先の相手の名前のみが書かれたその封筒。
「その人物がどこにいるかは分からないんだ。だが、君ならきっと届けてくれると、ボスはそう信じている。ボスの期待を裏切るんじゃあないぞ、イザベッラ。運び屋としてのお前の腕を、ボスはいたく買って下さっているのだから」
緩慢な動作で新聞を折り畳んでいた男とは思えないような鋭い眼光が、彼女をじっと見つめている。
「分かってる…分かっているわ。きっとこの手紙は届けてみせるわ…」
彼女は男の顔を見返す事も無く封筒を大事そうに鞄にしまい込み、そして一度も店の中を振り返る事も無く、入ってきた時と同じように颯爽と店を出て行った。
「お前に見つけ出す事が出来ると良いのだがな、イザベッラ。相手は元暗殺チームの一人『』なのだから…」
少々埃っぽい窓の向こう、彼女の姿が小さくなって行くのを見送りながら、男は小さく呟いた。



彼女は既に家へと続く道を歩き始めていた。
昼間にバールで見せたような眩しい輝きはその表情には無く、代わりに空に上り始めた月のような鋭い光がその瞳に宿っている。
「確かに届けたわ、ボス。そして…」
人気の少ない道をただじっと前だけを見つめて家路を急ぐ彼女の表情には、覚悟にも似た強い決意が浮かんでいた。
その手には先程の手紙が握られている。ただ一筆、『』と宛名書きされたその封筒が。
「確かに受け取ったわ…!『』への手紙をッ!」



恥知らず〜と併走する感じの時系列になるでしょうか。
捏造甚だしいですが、暗チに生きていて欲しい!と思う一心でやっております。
20111024