いくら海賊が奪うことが性分だと言ったって
仲間を奪うというのはどうなんだろうと
そんな人道的な心がまだ自分にもあったのかと



彼が笑った日




久し振りの上陸、その前に0番隊が帰って来た。
元々これから上陸する島の偵察が任務だったのでたった数日、それだけだったが彼女はまた一段と美しくなって帰ってくる。
彼女が任務に出て戻る。マルコが彼女の姿を見ない間に、彼女はどんどん美しく、女になって行った気がした。
陸に上がる度に、誰か男にそうしてもらっているのではないかと思う程に。
下らない、そしてどうしようもない妄想だとは分かっている。実際のところは彼女にそれを仕込んでいるのは彼女の仲間の女達かナース達かのどちらかだ。
彼女を女と意識し始めたのがいつからだったか、マルコはもう覚えていない。
十以上も歳の離れた彼女に劣情を抱くなんてどうかしていると思いつつも、そんな人道的な事を海賊が気にするなんて、と自嘲する。
だがしかし、仲間であるからこそ手を出しづらい。
「手を拱いてる間に他の男に取られちまってもしらないよ」
イゾウなんかは良くそう言って、サッチと共にマルコをけしかけようとするのだが、その挑発に軽々と乗る程マルコも若くはなくなってしまった。
加えて一番隊隊長と言う立場も邪魔をする。
実質白ひげの右腕とも言える立場の己が軽々しく仲間を、彼女を自分のものにするなどと言う事は。
「多分、お前が思ってる程誰も気にしないと思うぜ」
サッチはそう言うのだが、そして多分それは本当なのだろうが、どうしても。
最後の一歩が踏み出せずにいる。
そのくせ、ハッとする程の成長を見せる彼女に時折目を奪われて。
そんな時は決まって夢を見る。
彼女を、自分の下で散々に啼かせている、どうしようもない夢を。
それでも彼女は変わらぬ笑顔を、何も知らずに向けてくるものだから、マルコは自嘲気味な笑顔を返してしまう。



船に残ると言う彼女を置いて、マルコはサッチらと共に陸に上がった。
人の少なくなった船上で、彼女に何かをしてしまわないと言う自信がなかった。
一緒に陸へ上がってくれれば飯でも奢ってやるのに、と思ったが、船を空ける事の多い彼女が「今は船にいたい」と言えば無理に誘い出す事も出来なかった。
陸に上がったマルコはサッチ達と共に酒場に向かった。そこにいた女が、ほんの少しだけ彼女に似ていたので誘いに乗った。
だがやはりそれは彼女ではなくて、これからと言う時にどうしても彼女の顔がちらついて、欲も吐き出さずに女を置いて船へ戻った。
こういう時は男の方が繊細だと言うのは本当だと思う。惚れた女を思うだけですっかり気分が萎えた。
「はァ?が自殺未遂した?」
日付が変わるか変わらないかと言った頃に船に戻ってきたマルコに、そんな話が聞こえてきた。
自分から海に飛び込んだのだと聞いて、ますますマルコは怪訝そうな顔をする。
能力者である自分達が海に落ちるという事が、どういう事であるか彼女は十分に知っているはずだ。なのに自分から海に飛び込むなんて。
は?」
尋ねると「オヤジに絞られてる」とビスタが苦笑した。
怒られてしょぼくれているであろう彼女を迎えに行くと、丁度船長室から当の本人が出てきたところだった。
「あ、マルコ、戻ってたんだ」
彼の姿を見つければ、彼女はばつが悪そうに顔を逸らす。
その瞼が腫れぼったく泣いていたのであろう事に気づいて、マルコは思わず彼女の頭に手を乗せていた。
「泣いたのか」
頭を撫でると彼女は俯いた。
「どうしたんだよい。海に飛び込んだり泣いたりなんて」
彼女をそうさせているのが自分だなんて知る由もないマルコの言葉に、は苦笑するばかりだった。
「死にたかったのかよい」
尋ねると「オヤジと同じ事聞くのね」と彼女は言った。それから。
「そういうわけじゃないの。ただ、凄く、とても苦しくなっちゃって。海に沈んじゃえば、苦しいのもなくなるかなって」
そう思ったら飛び込んでいた。と言う彼女の切なげな横顔に、マルコは視線を遠い海に投げて逃げた。
彼女にそんな顔をさせるのが何であるのかなんて、考えたくもない。
けれど、彼女がいつか他の男のものになるだなんて、それもイヤだった。
「好きな男でもできたかよい」
聞くつもりなどなかったはずが気づけば言葉が口をついていた。
「ん。まァ、そんなところ」
もその視線を海へやっていて二人の視線は絡む事は、ない。
「一丁前に色気づきやがってよい」
「あはっ」
また白ひげと同じ言葉を吐いたマルコに、は思わず吹き出すように笑った。
「あたしも女だったのね。好きな男の一人や二人、出来るものよ」
彼女が恋焦がれる相手が二人もいて堪るか、と思いながらマルコは言う。
「まあ、相手が誰だかは知らねェが、陸の男はやめておけよい。お前が泣くだけだい」
だったら誰なら良いと言いたいのだろうか、とマルコは自分の言葉に苦笑いを浮かべる。
「は?マルコなに言ってるの?あたしは海賊よ?海の女よ?陸の男になんてこれっぽっちも興味は沸かないわ」
その言葉に、安心半分、不安半分。
「はは、海の女かい。そうだなァ」
本当に一丁前な事を言うようになった、と小さく笑い。
その心にちらつく男の影が自分だったらいいのに、とマルコは願うだけだった。



20100802