<イゾウの証言>
ああ、あの二人?
あの二人はもう、マルコがいい年だし、喧嘩なんて滅多にしねェんだがなあ。
でも、で今でこそだいぶ落ち着いているけど昔は『じゃじゃ馬』なんて言われて、喧嘩を売るのは大得意みたいなところがあったな。
マルコも一度怒ると結構本気になるし。
ああ、長引くかも知れねェな、この喧嘩。



悪いのは、君のせい




。もう戻ってたのかよい」
そう声をかければ彼女が振り返り。
「あら、マルコ隊長。お久し振りです。ご機嫌麗しゅう」
明らかに不自然な台詞と貼り付けたような笑顔に思わずマルコは呆気に取られ、一緒にいたサッチにいたっては彼女の背後に吹き荒れるブリザードすら感じて身を震わせた。
「お前、何か」
変だぞと言う前にその身に向かって雷が飛んできて、マルコは避ける間もなく青い炎でそれを回避した。
隣にいたサッチは脱兎の如く逃げ出している。それはそうだ。マルコと違い彼に再生能力など無い。彼女の雷など喰らいたくもないだろう。
「イキナリ何してくれんだよい」
彼女の性格やら性質については昔から十分に理解していたつもりだが、それでも顔を合わせた途端に雷を喰らわされた事なんて無い。
いくら自身の能力のお陰で無傷で済むとは言っても、自分の女に攻撃されるのが楽しい筈もなく。
幾らか不機嫌さを露わにし始めたマルコの何倍も不機嫌そうな顔をした彼女はそれでもその態度を軟化させる事はなかった。
「何でかはご自分が良くご存知なのではないですか?一番隊隊長様」
ついには名前すら呼ばなくなった彼女にマルコも表情を硬くする。
どこで教わってきたのかは知らないが、普段の彼女からは考えられないような口調で毒を吐く彼女の手が再び閃く。
横一線に走った雷はマルコの右肩を貫き、青い炎に消化されて消えた。
避ける事もできたがそれをすると船縁に穴が開く事になる。だから敢えて己の身体で受けてやる。マルコにはまだそこまで考える余裕はあった。
「いい加減にしろい。何怒ってるのかは知らねェが、雷落とすのはとりあえずよせ」
言い終わらぬうちに今度は脇腹へと一撃。
…」
こんなに言っても聞かない彼女など久し振りの事でマルコは溜息をつく。
「昔から変わってねェよい。何かあるとそうやってポンポン雷落としやがって」
「あらごめんなさいね、『じゃじゃ馬』ですから」
売り言葉に買い言葉が返ってくる。『じゃじゃ馬』と呼ばれていた頃に戻ったかのようなはその喧嘩を高く買うつもりも高く売りつける気も満々のようだった。
「何アレ滅茶苦茶こえー…!!」
覇気すら漏らし始めた二人の姿に、船室への扉の前まで避難し若い衆を甲板へ出さないようにしていたサッチが半分本気で怯えたような声を上げた。



食堂への扉が開いたと思えば、姿を見せたのは0番隊の女達だった。
船を空ける事の多い彼女達が一緒に食堂で食事を取る事は珍しく、滅多に見れないその姿に食堂の空気が一気に華やぐ。
だがその女達の中心にいた人物は部屋の中を見渡すや否や、全く真逆の氷のような空気を身に纏い。
マルコの姿をそこに見つけた彼女はあっと言う間に踵を返していた。
「たいちょおー!ご飯食べないんですかぁー?」
副隊長を勤めるアリダと言う名の女が扉から半身を出して彼女が去って行った廊下の奥へ声をかける。
「後で食べる」
そんな声が微かに聞こえて、0番隊の女達は苦笑いを浮かべながら中へと入ってきた。
微かに凍りついた食堂の空気を和ませながら彼女達も思い思いの席に腰を降ろす。
そんな中でアリダがマルコの向かいに腰を降ろした。
「まだうちの隊長と喧嘩してるんですかぁ?」
より一つ年上である筈の彼女は、元気がウリと言った性格のせいか彼女より年下に見える事もある。それでも副隊長を任されるだけあってしっかりしているところもあるのだ。
今もこうして自身の隊長を思ってマルコに探りを入れにくる。
「喧嘩なんかしてるつもりもねェよい。あいつが勝手に怒ってんだろい」
「あーあー。そう言う事言うから怒るんですよ、うちの隊長」
困ったように笑いながらアリダは指折り数える。
「もう三日ですよ?」
「そうは言ってもな、なんで怒ってるのかも言いやしねェんだからこっちだってお手上げだい」
まるで子供の様に口を尖らせて拗ねて見せても可愛くもなんともないぞ、と心の中だけでアリダは苦笑する。
「心当たりとかないんですかぁ?例えば私達が帰ってきた日の事とか」
酒場に行ってたでしょう。とアリダに言われるが、ただサッチらと共に酒を飲みに行っただけで他には何も無かったはずだ。
思ったより彼女達の帰還が早かったのでいつもなら船で出迎えているところが彼女の方が先に船についていたわけだが、たったそれだけでここまで彼女の怒りを買うとも思えない。
「隊長、あの日酒場まで行ったんですよ。会いませんでしたか?」
「は?」
思わず間抜けな声が漏れた。
あの日、酒場では彼女と会った記憶が無い。記憶が飛ぶ程飲んでもいなかったしそもそもマルコは酒には強い方だから、酔って記憶を無くすなどありえない。
だから確かにあの日は酒場では彼女とは出会っていないはずなのだが。
「酒場から帰ってきてからなんですよねぇ。隊長の機嫌が悪くなったの。だから絶対酒場で何かあったと思ったんですが」
本当に会っていないんですか?と尋ねられ、マルコはあの日の記憶を探るがやはり何度思い返しても酒場でと出会った記憶などなかった。
「良く考えておいてくださいね。そろそろ仲直りしないと駄目ですからねぇ」
いつの間にか食事を終えていたアリダはそう言い残して席を立った。
「なぁ、マルコ。おれちょっと思い出した事があるんだけどよ」
丁度通りがかってその話を聞いていたサッチが珍しく神妙な表情を浮かべながらマルコの隣に腰を降ろした。
「お前、あの日酒場で女に絡まれたろ。キスもされてたろ」
そう言えばそんな事があった気がする。彼女と酒場で会ったかどうかばかりに気を取られて忘れていたが。
が丁度入ってきてな」
「まさか、」
体中の血が引いて行く。それが原因であるならば彼女のあの怒り様も無理はない。
「そのまさか、だ。見てた」
「なんでそれを早く言わねェんだよい!!」
声を荒げてマルコはその立派なリーゼントを力任せに掴み締めた。
「あああああ!てめェマルコ何すんだ!!」
「うるせェよい!早く言わなかった罰だい!!」
わしわしとその頭を乱してやってからマルコは駆け出した。
モビーディック号の中は広い。彼女を探し歩いて早くも一時間が経った。
お互いが会いたいと思わなければなかなか出会う事も無いその事実がマルコを焦らせる。
「マルコ隊長」
声をかけられて振り向くと、そこに立っていたのはまたしても0番隊の女だった。確か彼女は0番隊の中で最年長で元ナースでもあった女だ。
「先程うちの隊長がオヤジ殿に呼ばれました。これからまた数週間程任務です。うちの隊長は今ご自分の部屋で準備に取り掛かっているところですよ」
ところで、イゾウ隊長を見かけませんでしたか?と尋ねられ、彼の部屋だろう。と答えれば彼女はさっさとそちらへ向かってしまう。
イゾウの居場所を尋ねるついでだったと言わんばかりの彼女の態度にマルコは苦笑した。
全く0番隊の女達は揃いも揃ってお節介な事だ。だが今回ばかりはそれにも感謝しなければならない。
彼女達が再び出発してしまう前に、ちゃんと話をしなければ。



、居るんだろい?中に入れてくれ」
戸を叩くと思ったよりすんなりとドアが開いて中に入る事を許された。
「何かご用事?」
相変わらずつんけんとした態度にマルコは肩を竦めるが今回ばかりは自分が悪い。不意をつかれたとは言え、彼女以外の女にそれを許したのは事実だ。
「悪かった、おれが悪かったよい。だから機嫌直してくれねェか」
至近距離で雷を叩き込まれる可能性もあったが彼女の手を取りその甲に口付けながら許しを請うと、怒りに強張っていた肩からすっと力が抜けたのが分かった。
同時にここ数日間ずっと纏っていた凍りつくような空気もゆっくりと溶けていく。
「はぁ…」
意外と怒りっぱなしも疲れるもので、の口から思わず溜息が零れた。
「許してくれるかい?」
そう尋ねるとおもむろに襟を掴まれ、力任せに引き寄せられる。逆らう事なく身を屈めればその唇に噛み付くように唇が重ねられた。
「容易く奪われてんじゃないわよ、1番隊隊長さん」
唇を離したが挑発的な笑みを浮かべていた。
「お前にならいいじゃねェかよい」
マルコもつられて笑みを浮かべ、愛しい女の身体を帰還から三日程遅れてようやく思う様抱き締めた。



猟奇的な彼女
20100826