赤、緑、金、銀、白…。
街はクリスマスカラー一色。
たかがキリストの誕生日に何をみんな躍起になっているのか。
女は盛大な溜息を一つ、こぼしたのだった。



サイレントナイトのロンリーナイト




「だからね、クリスマスって言うのは正確にはイエス・キリストのお誕生日なワケで、恋人同士の逢瀬の日じゃないのよ」
目の前に座る友人に向かってかれこれ一時間は同じ事を、彼女は言い続けていた。
ちゃん、キリスト教信者になったの?」
友人の頼子は、苦笑しながら言った。
どこをどう聞いても、先程から零しているその言葉は愚痴以外のなにものでもない。
もっと言えば、クリスマスに一緒に過ごす者のいない独り者のやっかみごとである。
とは言え、が一人者なわけではない。
ただ、彼女の恋人はクリスマスを一緒に過ごせるような気軽な身体の持ち主ではなかった。
彼女もそれは充分承知している。分かってはいるが、クリスマスにかこつけて恋人同士の甘い雰囲気を演出するべく、世間のあちこちでクリスマス戦略が起こっていれば愚痴の一つでも言ってやりたくなるのが乙女心というもので。
その気持ちも、二人が本当はどんなに想いあっているかも、そして自分がこれから恋人に会う約束をしているのも、全部分かっているので頼子はただ苦笑を浮かべて嫌な顔一つせずにの愚痴に付き合っているのである。
「どいつもこいつもクリスマスクリスマスって…クリスマスはキリストの誕生日なんだぞっ!」
そう言ってテーブルの上で拳を握り締め始めたをなだめて、頼子は腕時計に目をやった。
「あ、私そろそろ…」
遠慮がちに切り出した友人に、は苦笑して答える。
「あ、うん、ごめんね、愚痴につき合わせちゃって。そろそろ出ようか」
二人そろってテーブルを立つ。
「しょうがないから、ここは私の驕り!」
「ありがと。って、いいわね、これから予定のある人は」
「まぁまぁ。そう言わないで。彼だってちゃんの事を忘れてる訳じゃないんだから」
の肩をポンと叩いて、頼子は言う。
「じゃ、楽しんできてね!」
手を振り友人を送り出したものの、こうして改めて一人になってしまえば、やはり世間の風は冷たいもので。
こうして佇んでいても仕方ないので自宅へと足を向けてみても、目につくのはペアアクセサリーをここぞとばかりに売り出している装飾店だとか、『二人きりの甘い聖夜に』と謳い文句を掲げたケーキ、ワイン売り場などなど…。



「あーあ…結局買っちゃった…」
帰宅したの手には、うっかり帰りがけに買ったケーキの箱が。
クリスマスに恋人に会えなくても、ケーキを食べて少しでも雰囲気を味わいたいという、微妙な女心の為せる業か。
「まぁいいや。夕飯の後に食べよう…」
心なしか寂しそうに呟いて、どう見ても一人で食べるには多いと思われるホールケーキを冷蔵庫にしまいこんだ。



夕飯を済ませ、入浴も済ませた頃にはすっかりケーキの存在を忘れていた。
そんな折に携帯が鳴る。
小さなディスプレイの表示には、「郡司」と、それだけ。
それは紛れもなく、恋人からの電話。
槌矢郡司。
それがの恋人の名前。
そして今、注目の若手Jリーガーの名前。
「もしもし?」
一つだけ深呼吸をして電話に出る。
なるべく、なるべく期待はしないように。
そして動揺を抑えて。
こんな日に、会えるとは思っていない。
今日も彼は過酷なトレーニングをしてきたのだろう。
「あ、?今何してるんスか?」
電話の向こうから聞こえてきたのは、今日一番聞きたかった人の声。
電話越しなんかでは無く、会って直接聞きたい。けれど、我侭は押さえて。
「今?お風呂から上がってそろそろ寝ようかと思って…」
そう答えれば、電話の向こうで槌矢が苦笑したのが分かった。
「もう寝ちゃうんスか?こんな日に」
クリスマスなのに。
忘れていたわけではないが、なるべく考えないようにしていた。
悔しそうに語ったあの日の彼を忘れてはいない。
Jリーグ昇格をかけたヤマキとの試合に負けた日の事を。
『凡人が天才に勝つ為には、死ぬ程練習しなきゃ、敵いやしないッスねぇ』
そう言った彼のサッカーに注ぐ情熱を、知っているから。
邪魔はしたくないのだ。
「これから、会えないッスかね…?」
なのに。
それなのに、なんでそんな嬉しい事を言ってくれるのだろう。
「これから…?でも、私すぐに出れる格好じゃないし…」
彼が会いたいと言ってくれるのは嬉しいけれど、その為に余計な時間を取らせるのは気が引けた。
「んー、でも開けてくれなきゃ困るんですよねぇ」
「開けて?郡司、今どこにいるの?」
驚いて問えば、更に驚くような答えが。
「アンタの部屋の前にいるんスけど」
慌てて玄関を開ければ、携帯を片手に佇む彼の姿。
「どうも」
そう、にこりと笑う彼は今日一番会いたかった紛れもない愛しい恋人。
入って、と半身を引く前に一歩踏み込んできた槌矢は、彼女の首筋に顔を埋めて言う。
「良い匂いがするな…石鹸の匂いスか?」
慌てて距離を取ると、槌矢はカラカラ笑いながら中に入った。
「せっかくのクリスマスなんですからね、もっと我侭言って欲しかったんスけどね」
「だって…」
「分かってますよ、の心遣いはね。でも、俺だって会いたいんスよ?こんな日だからね」
槌矢はそう言って、鍵を閉めて後をついて来るの腰を抱いて引き寄せる。
無言で、だが促されて目を閉じれば、そっと唇が重ねられる。
久し振りに会えた分だけ熱を孕んで、そして長い口付けから解放すると、槌矢はの耳元で囁く。
「お陰様でケーキ買いそびれましたよ。シャンパンは買ったんスけど」
その言葉に、彼女はようやく冷蔵庫にしまいっぱなしのケーキの存在を思い出した。
「ケーキがあるのよ…一緒に食べましょう?」
そう言えば、槌矢も笑って。
「そいつぁ最高ッスね。早速頂きましょうか」



思いがけず、一緒に聖夜を過ごせた事に浮かれていた彼女が、「明日休みなんスよ」と言って笑った槌矢の真意に気付くまで、後数分…。



クリスマス企画でした。