マルコ * サッチ
OP/マルコ


「マルコ!」
声がして空を見上げれば真紅の四肢で空を駆ける麒麟が視界に飛び込んでくる。
蹄で雲を蹴立てて走るその生き物は真っ直ぐマルコを目指している。
「あいつ、まさかあそこから…!」
何かを察したサッチの言葉にまさか、と彼を見て再び空を見やればそのまさか、麒麟の姿が人型になろうとしていて。
「ばっ!おまっ!」
マルコは慌てて両手を広げて彼女を受け止める体勢を取る。
「マルコ!」
多少能力が働いていたのか思ったより衝撃は少なく、その身体はマルコの腕の中に落ちてきた。
「危ねえだろうがよい!人型で落ちてくるんじゃねェ!」
「でもマルコはちゃんと受け止めてくれるじゃない」
ニコリと笑う彼女にそれ以上怒る気も失せてしまい、マルコは小さく溜息をついた。
「ははっ!愛だねェ」
なんて笑うサッチの向う脛に軽く蹴りをいれて彼を追いやると、マルコは腕の中の女に唇を寄せる。
その耳元で囁かれた言葉と、次いで落ちてきたキス、一体どちらのせいで彼女の顔は赤に染まったのだろうか。

お前がこの腕の中に落ちてくるのなら、いくらだって受け止めるさ


食後のコーヒーと共に煙草を吹かそうとポケットの中の箱に手をやれば思っていたよりもずっと軽く、中を覗いてみればやはり空になっていた。
空箱を持ち歩いていたなんて可笑しな話だ、と思いつつ、さてどうしようかと考える。
生憎と煙草のストックは切らしてしまっていた。
倉庫番に頼めば一箱くらいもらえそうだったが、数多くいるクルー達だって皆で分け合ってそれを大事に吸っているのだと思えば隊長と言うだけでそれを独占してしまうのも申し訳なかった。
我慢できないわけではないからいいか、とコーヒーに口をつけると甲板から駆けて来た男が食堂の入り口で立ち止まり中に声をかけた。
「ゼロが帰ってきたってよ!」
間もなく上陸する次の島に偵察に出ていた女達が帰ってきたとの知らせに、マルコは小さく笑みを浮かべてコーヒーを飲み干す。
いつものように彼女を出迎える為に甲板に向かえば、百鬼夜行よろしく宙を駆けて来る幻獣達の姿に思わず苦笑いが浮かんだ。
その先頭を切って駆けてくる緋色の麒麟は甲板に降り立つと同時に人型に戻り、その勢いのままマルコの元へ駆けて来る。
「ご苦労さん」
声をかければ柔らかな笑みを向けられる。
「マルコにはお土産持ってきたわ」
先行して島の様子を見に行っていた僅か数時間の事なのに、長期の任務でも無いのに土産を持ってくる事など珍しく、マルコは思わず首を傾げる。
「そろそろ切らしてるんじゃないかと思って」
そう言う彼女がポケットから引っ張り出してきたのは先程空になっているのを確認したのと同じ煙草の箱だった。
「気が利くじゃねェかい」
有難くそれを受け取ったマルコがそのまま彼女の肩を抱いたので、甲板にいたクルー達が慌てて視線を逸らし、彼女は驚いて身を捩る。
「お前がいるなら口寂しさなんて」
そう言って彼女の唇を味わうこの男に、彼女はいつまでたっても敵いはしない。

Instead of the cigarette(煙草の代わりにその唇を)


ちゃんとノックをして、ちゃんと入っていいと返事を貰ったからドアを開けたと言うのに、部屋の主は下着姿でクローゼットを漁っているものだから、マルコは思わず頭を抱えたくなった。
着替える時と寝る時くらいは部屋の鍵をかけろとあれほど、何度も何度も言っているのに全く聞き入れようとしないこの女をこんな風に育てたのは誰だ。
いやいやその前に着替えているなら入っていいなどと返事をするなというところからだ、と思い至って、だがそれも言うだけ無駄な気がした。
「あの、さ、マルコ。言いたい事は何となく解ったんだけど出来ればドア閉めてくれないかな」
苦笑しながら言う彼女に苦々しげな表情を浮かべ、それでも開いたドアの隙間から彼女のあられもない姿を他の男共に見せるわけには行かなかったから、マルコはその身を部屋に滑り込ませて後ろ手にドアを閉めた。
「お前なァ、何度も言うが、」
「何度も言われているのでわかっています」
わかっているのなら実行しろと言いたかったがそれも矢張り無駄な事だと悟ったので最早口を開くのも馬鹿らしくなってしまう。
「マルコじゃなかったら『いいよ』なんて言わないから」
「おれ以外の男にそんな格好見せたら只じゃおかねェよい」
それにしても情事の最中は身体を見せる事を恥ずかしがる彼女が下着姿なら大丈夫だとは一体どういう事なのか。
僅かな布切れの差、その微妙な境がマルコにはさっぱり理解できない。
「どうでもいいがさっさと服着ろい」
先程からクローゼットを覗き込んだまま何やらうんうん唸っている彼女に声をかけたが、気の無い返事が返って来ただけで一向にその手は動く気配が無い。
好みと動きやすさを考慮した結果、同じような服ばかりが増えて行っているのだが、それでも迷うものらしい。
やれやれと肩を竦めてマルコは彼女の背後からクローゼットを覗き込んだ。
彼女の下着姿を見た所で今更気まずさを感じるような仲でも歳でも無かったが、いつまでもその姿でいられると自分の理性も危ういので、彼女の代わりにさっさと服を選んで取り出してやった。
何度か見た事のある服の中から色もデザインも自分の好みのものを彼女に押し付けたマルコが、ああ、と思い出したように顎を撫でながら一言。
「下着は青にしろよい」

どうせなら、何もかも染めてやる


「なあ、0番隊も刺青入れてんのか?」
エースのその問いはただ純粋に好奇心から来たものだったのだろうが、それを受けたサッチはニヤリと口角を吊り上げて見せた。
「気になんのか?」
「気になるって言うかよ。どこに彫ってるのかなって」
マルコや他の男達と違って、女達の肌の見える範囲にはその証を見た事が無かったエースが軽く首を傾げる。
「まあ、女だからな。デカデカと見えるとこにゃ彫ってねェさ。でも気になるんなら…」
そう言ってぐるりと首を巡らせたサッチがその女の姿を見止め。
そして大声を上げた。
「おーい、エースが裸見せてくれってさ!!」
「バッ…!!なんでそうなるんだよ!!おれはそんな事一言も言ってねえ!!」
慌ててサッチの言葉を否定するエースの背後に、低い声が降ってきた。
「聞き捨てならねェ言葉が聞こえたんだがな」
それはもちろんマルコの声で。
先程まで甲板の見える範囲には彼の姿は無かった筈なのになんと言う地獄耳か。
「違うんだって!おれはただ、0番隊の刺青がどこにあるのかって聞いただけで…!」
0番隊の隊長でありマルコの女でもある彼女の裸が見たいだなんて、命知らずな事を言うワケがないとエースが必死に弁解する。
慌てるエースを眺めて笑っているサッチの背後で彼女が溜息をついた。
そんな事か、と思ったがよくよく考えてみれば実際のところ彼女の刺青がどこにあるのかを知っているのは、男では只一人しかいない事に気付く。
彼女がオヤジの誇りをその身に刻んだ事が知られた時に思わずその場所を秘密にしてしまってから、その事は何故か聞いてはいけない事のようになってしまっていた。
「別に、裸にならなくても見えるけど」
そう言いかけた口を大きな手が覆い、彼女はそれ以上の言葉を紡ぐ事が出来なくなってしまう。
「口で言っちまえば早い話しだがな」
彼女の口を塞いだマルコがニヤリと笑ってエースとサッチに視線を投げた。
「こいつの刺青の場所を知ってる男はおれだけでいいんだよい」
その言葉に含み笑いを返したのはサッチだけで、エースと秘密にされた刺青の持ち主は顔を真っ赤にしてしまったのである。

独占欲、山盛り
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OP/サッチ


こう見えてもサッチは白ひげの下で一隊を率いる隊長と言う立場にあり、それなりに忙しい。
今日も一日よく働いた、と部屋に戻ってきてみればベッドにナースの姿があり、一瞬間違えて医務室にやってきてしまったのかと思わず部屋の中を確認してしまった。
だがやはりそこは自分の部屋であり、間違っても医務室なんかではない。
「…何、やってるんですか?」
自分のベッドに腰掛けて悠然と微笑んでいる女に問いかける口調が思わず変なものになってしまったのは仕方がない事だろう。
それほどまでに驚いてしまったのだ。
サッチともあろう男が。
自分の女がナースの服を着てベッドに腰掛けていると言うだけで。
意外と疲れているのかも知れない。と思いながら部屋へと足を踏み入れ、まじまじと彼女を眺めてしまう。
今でこそ彼女は戦闘員としてこの船にいるが元々はナースだった女で、サッチもその姿を知らないわけではない。
けれど彼女がその姿をするのは本当に久し振りの事で、もっと言ってしまえばナースを辞めて以来ナース服に身を包んだ事などなかった筈だ。
サッチとしてはとてもとてもそそられる状況であった筈なのに、驚きの方が勝ってしまったのだ。やはり自分は疲れている。
「今日も一日お疲れ様」
そんなサッチの驚きを知ってか知らずか、にんまりと笑みを浮かべた彼女がポンポンとベッドを叩く。
座れ、と言う事か。
誘われればもちろん、サッチに拒む理由も無かったから大人しくそこに腰掛ければ、何故か彼女はサッチと僅かに距離を取った。
誘っておいてそれはないだろうと思っていると、おもむろに伸びてきた腕が首に絡み付き引き倒される。
何だ何だと思っていると頭が何やら柔らかいものに触れた。
ああ、膝枕してくれてんのか。と思うと同時に身も心も緩やかに和らいで行く。
惚れた女が只、膝枕をしてくれていると言うだけで(ナース服と言うオプションまでついているけども)、一日の疲れも吹っ飛んでしまうようだった。
「まだ持ってたのか、その服」
遠慮なく頭の下に伸びる魅惑的な太腿に指を滑らせるが咎められもしないのでそのまま柔らかな肌を撫でながら尋ねる。
「皆持ってるわよ」
副隊長やイゾウの女であるあの女も、元ナースだった女達はなんだかんだで今でもナース服を取っておいてあると聞かされたが、他の女達がそれをこんな風に使用しているかなんて考えたくも無かった(特にイゾウの女がそれを未だに使っているかなんて考えたくもない)。
「たまにはいいでしょう?こんなのも」
ナースは皆の癒しですものね、と笑った彼女の手が優しくサッチの頭を撫でているのが心地良い。
更には「最近疲れているみたいだったから」なんて労わりの言葉を掛けられてしまえば、もうサッチの疲れなどはどこかへ吹っ飛んで行ってしまった。
疲れを忘れてしまえば代わりに芽生えるのは悪戯心とほんの少しの欲。
自分の女がこんな魅惑的な格好でベッドの上にいるのだから、それはもう。

男なら据え膳はちゃんと頂かないと!


「あらあら」
その姿を見つけて思わず、声と共に笑みが零れた。
朝からバタバタと忙しそうに走り回っていた彼の、その姿が昼過ぎになって見えなくなったので探しに来てみれば、甲板に積まれた木箱の向こう側で隠れるように体を丸めて眠っている。
なんだかんだ言っても、サッチは面倒見もいいし、隊長としての仕事をサボっているわけでもないから(時々こうして『休んで』いる事はあるけれど)、たまにはこのくらい見逃してあげたい。
彼を起こしてしまわないように静かに隣に腰を降ろすと、なにやらむにゃむにゃと寝言を言っている。
「他の女の夢なんて見ていたらただじゃおかないわよ」
若干物騒な言葉を零しながらサッチの頭に手を伸ばし、何度か寝返りをうった為だろうか、乱れ初めているリーゼントを撫で付けてやる。
春島が近いせいか気候も良く、お日様の光を浴びた甲板は適度に温かくて心地良さそうだ。
だが太陽もだいぶ高いところに昇ってきたせいで、木箱の陰では足りなくなってきたのか、再び彼女の前で寝返りをうったサッチが眩しそうに顔を顰めた。
まだ起こしてしまうのはかわいそうかと、彼女は場所を移動して、彼の顔に日陰を作ってやる。
「本当にいい天気ね。お昼寝にはもってこいだわ」
彼が他の女の名前でも呟くところを見ていてやろうかと思ったのに、気持ち良さそうに眠っているサッチを見ていたらなんだかこちらまで眠くなってきてしまった。
「起きたらお茶でも淹れてあげるわね」
疲れている隊長の為にお茶を淹れてあげるのも悪くないと思いながら、彼女は背後の木箱に体重を預けた。
陽気な気候のお陰で直ぐに瞼が重くなってくる。

あなたと、シエスタ

夢でも私を見ていて欲しいわ。
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