All in this tiny world
このちっぽけな世界の全て
第二話
高校を卒業したは、同級生がそうするように大学に進学したり、どこかの企業へ就職したり、といった事はしなかった。
大きな勢力を誇る極道の娘、と言うのがどれだけの利用価値があるのか、彼女はきちんと分かっていたつもりだ。
いずれは組の利益の為に、どこかの組の若頭なりそれなりの幹部の元へと嫁がされるのだろうと思っていた。
そうしてそれは彼女が二十歳となる節目の時に現実となったのだ。
高校を卒業して直ぐに、ではなかった事が果たして良かったのか悪かったのかはには分からなかった。
たった二年では、胸に秘めた想いに決別する事はできなかったし、かと言ってそれを打ち明ける決心をするのには、時間が足りなかった。
「どこの…組が上がっているの?」
それでも、自分の置かれた境遇に逆らう気などなかったし、その身が親父の、ひいてはこの組の役に立てるのならそれも良いかと、諦めきれない想いを引き摺りながらもそう尋ねてみる。
この界隈を仕切っているのは主に四つの組で、その勢力の一角を担っているのが親父なのだが、その白ひげ組と盃を交わす事になるのならば拮抗した勢力である可能性が高い。
『ビッグ・マム』と呼ばれるとある組は女系で、その組長も女であるから可能性は低いとして、一番可能性が高いのは白ひげとも比較的友好的な関係を結んでいる『赤髪』のところだろうと思っていると、親父の口からまさにその名が告げられた。
「オメェの事も何度か見かけているみてェでな。あのハナッタレ、気に入ったなどとぬかしやがった」
俺の娘に目ェつけるとはいい度胸だ。と若干ながら不穏な発言をした白ひげは、それでも彼女がそれを受け入れるのならばきっとその身を赤髪に差し出すのだろう。
四つの組のうちの二つが盃を交わす事になれば、なし崩し的に他の組を圧倒し、この界隈での頂点に立つ事も不可能では無い。
「どうする?オメェが嫌だって言うならおれは強要するつもりはねェ。好きでもねェ男に嫁ぐ必要なんざねェんだ」
そう告げる親父に、は心の奥底に秘めた男の姿を見透かされているようで、思わず息を飲んだ。
ここで嫌だと。好きな男がいるのだと言えば、きっと親父はこの話をあっさりと無かった事にしてしまうだろう。
だが。その後はどうなると言うのだろう。
この想いを告げて、それで幸せになれると言うのだろうか。
彼が自分を拒絶する可能性だって、十分に在り得るのに。
例え、親父の命令で彼が彼女の身を引き受ける事になったとしても、それはが望む形にはならないのだと分かっているからこそ。
だからこそ、そこではっきりとした返事は出来なかった。
「少し、考えさせて…」
そう俯く娘に、白ひげが否やを告げる筈も無かった。



ポケットの中で携帯が震えているのは分かっていた。
先程から何度も、数分おきに鳴らされるコールが、誰からのものであるのかなど考えるまでもない。
二十歳を迎えるにあたって突如として齎された縁談の話を、家にいてはじっくりと考える事も出来なくて、ただ足の赴くままにふらついて、やってきたのは海の見える公園だった。
危ない事はしないから心配しないで。と出かける前にサッチには告げたのだが、夜遅くになっても彼女が戻らない事に気付いてそれを彼に知らせたのだろう。
一度途切れたコールが再び鳴り始めたのを知って、ついにはポケットから携帯を引っ張り出した。
ディスプレイに表示された名前に小さな溜息を零す。
こんな時までその心配性は遺憾なく発揮されるのだと知って、携帯を開く手が躊躇う。
出たくは無かったが、そろそろ連絡の一つもしてやらなくては後で嫌と言う程怒られるだろうし、最悪の場合組員総出で捜索までされてしまうに違いないと悟り、は漸く通話のボタンを押した。
「お前、今どこにいるんだよい?無事なんだろうな?」
通話に応じた途端に不機嫌そうな声が耳に届き、その相手が目の前にはいないと分かっていても、は思わず肩を竦めた。
「大丈夫よ、何も危ない事はしていないわ。サッチにもそう言ったはずよ」
そう応えると、電話の向こうでマルコが小さく息を吐いたのが分かった。
これ程までに彼女の身を心配してくれる事に、一体どれ程の感情が篭っているのか思わず問いただしたくなるのをぐっと堪えて違う言葉を伝える。
「まだ、帰らないわ」
帰って来いと言われる前に先手を打つと、暫く携帯は静かになり、それから何かを諦めたような溜息が聞こえた。
「…ならおれが行くよい。今どこだい?」
何故それを断らなかったのかと後になって思うのだが、その時はマルコのその言葉が何故か酷く心を掻き乱し、戸惑いながらもあっさりと、自分の居場所を教えてしまったのだ。
いかにも極道らしい黒塗りの高級車が公園の入り口に停められたのは、それから数十分後の事だった。
黒塗りベンツからスーツなマルコが降りてくるとか萌える。悶える。
[2014年 07月 25日]