All in this tiny world
このちっぽけな世界の全て
第六話
ヴェロニカが赤髪に声を掛けられていた頃、マルコは白ひげに呼び出されて彼の部屋に居た。
「何か用かい?オヤジ」
あの夜の事を問い詰めようとするサッチから逃れられた事に内心ほっとしながら、マルコは白ひげの前に胡坐を掻いて座る。
「オメェ、何かおれに言う事はねェか?」
その一言だけで親父は全てを察しているのだと知って、彼は居住まいを正した。
途端に場の空気が張り詰め威圧感すら感じて、マルコは気を引き締める。
ここで下手な事を言えば彼の怒りを買うのは間違い無く、余計な事は言わないようにと神経を尖らせた。
「…おれの娘に手ェ出すとはどういう了見だ」
彼女が望んだ事だとは言え、それを口にしてしまえば全ての責任を彼女に擦り付けているようで、それはしたくなくてマルコは口を閉ざす。
「アイツには赤髪から縁談の話が来てる。それがどう言う事か分かってんだろうな?」
「分かってる。知ってて、抱きました」
いつもとは違う口調でそう告げるマルコに鋭い視線を向けたまま、白ひげは小さく溜息をついた。
「アイツはオメェに惚れてると思ってたんだがな。だが赤髪のところに嫁ぐと言いやがった。オメェ、アイツに何を言った?」
「…何も」
そう、何も言ってはいないのだ。
赤髪から縁談の話が来ている事も、彼女が自分に惚れていた事を知らされても尚、マルコは自分から何かを言ってはいない。
「そうか…。何も、か」
呟くように言葉を放った白ひげは暫く黙り込んでしまい、痛い程の沈黙が降りた。
そうして再度、白ひげが口を開きかけた時だった。
「オヤジ!ちょっといいか?」
声を上げながら許可も待たずに襖を開いてイゾウが姿を見せる。
普段なら勝手に入ってくるなと怒鳴り飛ばすところだが、彼がどことなく切羽詰ったような声を上げたので白ひげは黙って視線をそちらに投げた。
「取り込み中のところすまねェ。ヴェロニカが赤髪の車に乗っていったがいいのか?」
聞けば赤髪が白ひげを尋ねて来たと言う事実が無かったので、それならば誰にも知られずにヴェロニカを連れ出したのだと知って慌てて知らせに来たのだ。
「あの若造、何のツモリだァ…」
縁談の話があるとは言え、勝手に娘を連れて行かれた白ひげの表情が険しくなる。
ふと、その視線が未だ頭を下げたままのマルコに向けられた。
「マルコ、テメェが行ってオトシマエつけて来い」
「わかったよい」
次の瞬間にはもう、立ち上がって部屋を出て行くマルコの背を眺めながら、白ひげは小さな溜息を零した。



『赤髪』と通称されるシャンクスと言う男は、気さくで親しみやすい男ではあったが、さり気なく押しが強く、ヴェロニカは断りきれないままにその車に乗せられてしまった。
「いや〜ヴェロニカに会いたくて来てみたんだが、まさかそっちから出てきてくれるとはな〜!手間が省けた!」
白ひげに挨拶に行くのは若干肩がこるのだと、実の娘の前で遠慮も無く言ってのけるこの男は、そう言って豪快な笑い声を上げた。
勝手に家の前に車を停めていたのはシャンクスの方だったし、彼の為に出てきた訳ではないのだからどことなく釈然としない。
だが、これから夫となるのであろう男の事をヴェロニカはあまりにも何も知らず、それならばこの機会に少し話しをしてみるのも悪くは無いと、こうしてこの男の誘いに乗ったのだ。
一つの組の頂点に立つこの男が、こんなにも気さくでよく喋る男だとは思ってもいなかったが、何かと話しを振ってくれるシャンクスと向かい合っている時は、マルコの事を忘れる事が出来た。
どこか行きたいところは無いかと尋ねられたが、特にどこかへ行こうと思って出てきた訳ではなかったので特にないと正直に返せば、それならば少し付き合ってくれ、と車は繁華街へと向かう。
まさか、このままホテル等に連れて行かれる事はないだろうと思いながらも、さり気なくどこへ行くのかと尋ねてみる。
「おれの店だ。正確にはおれのシマの店、だな」
美味い料理を出すから楽しみにしていろ。と言われてどこかほっとしている自分が少しだけ疎ましかった。
結局のところは何も吹っ切れず、こうしてシャンクスの車に乗っているこの時でも、未だその肌に残る男の跡が消えてしまうのを惜しいと思っているのだ。
車はとある高層ビルの地下駐車場に入って行き、高級車ばかりが並ぶ一角に同じように止まった。
白ひげのシマが、商店街や(その中にはピンク通り、またはピンク街と呼ばれるパブや飲み屋が集まる区画も含まれているのだが)下町を中心とした昔気質な場所であるのに対して、このシャンクスのシマは高層ビルを多く擁したオフィス街だった。
もちろんそんな場所にも闇が入り込む場所はあるもので、豪奢なレストランの地下に秘密のカジノや、はたまた大手企業が入っている高層ビルの最上階に会員制クラブがあったりするのだが、兎に角そんな区画をシマとしている彼は、間違いなくインテリヤクザと呼ばれる部類だと思った。
兎に角、車を降りた二人はエレベーターに乗り込み、最上階のバーへと向かう。
急速に上昇するエレベーターの中で、耳鳴りを抑える為に一度唾を飲み込んだ。
ドアが開くと同時にシャンクスの腕がするりと腰に巻きついてきたのを、ヴェロニカは反射的に身を捩って逃れる。
「スマン、馴れ馴れしかったな。手なら、いいだろ?」
身体に残る男の感覚が消えぬうちは他の男には触れられたくなくて咄嗟に身を捩ってしまった彼女の、だがそんな思いは知らず、シャンクスはあっさりと謝罪の言葉を口にし、そっと手を差し伸べてくる。
戸惑いながらも差し出されたその手に自分の手を重ねると、やんわりと引かれて店へと案内される。
シャンクスの姿を見止めた店員が慌てて奥へと走って行き、ややあってから見せのオーナーが姿を見せ、直々に一番奥の静かな席へ通された。
食事をするにはまだ少し早い時間だったので軽い食べ物と飲み物だけを頼み、それらがテーブルに並んでしまうと辺りには店員すらもいなくなってしまう。
乾杯しようぜ、と至極楽しげに言ったシャンクスにまたも押し切られる形でグラスを合わせると、全く高級な酒が勿体無く思えるくらいに豪快に、彼はそれを飲み干してしまった。
あと、2、3話で終了の予定です。 しかし、語尾に「よい」の付かないマルコは激しく違和感…w まぁ、流れ上仕方のない事だと目を瞑って頂けると嬉しいですw [2011年 02月 27日]